三里木区  たわらや酒店  宇野功一E

955号 2019年6月2日

(151)日本最北端の酒蔵
國稀(くにまれ)酒造訪問記 最終回

◆最北の酒蔵 國稀
 明治35(1902)年、現在の酒蔵が完成し、酒蔵のある増毛をはじめ、北海道の日本海沿いは、ニシン漁でたいへんな好景気だったといいます。
 訪問した日は大寒波が襲来して外は猛吹雪。増毛(ましけ)の駅から國稀酒造まで、およそ400mを歩きました。駅にはタクシーの待機車がなく、人ひとりいません。目的地の蔵まで歩く以外、手段がありませんでした。服にも雪が積もり、眉毛にもびっしり雪がこびりつきました。

  

 到着後、蔵を案内してくれたのは、佐藤敏明さん。國稀酒造のベテラン社員で、番頭的存在の貫禄のある方でした。
 北海道の酒蔵は本州の酒蔵よりも、厳冬の時期、極端に温度が低下する環境で日本酒を仕込んでいます。ちなみに日本酒は、低温でゆっくりと発酵させると、滑らかで上品な味に仕上がります。新潟など雪の深いところでは、蔵自体が雪に覆われ、その中で日本酒を仕込みます。蔵内の温度はほぼ氷点下0℃。しかし緯度の高い北海道は、0℃どころか、それ以下に冷え込みます。佐藤さんによると、冷やす設備よりも、もろみを温め、保温するための工夫をしているとのことでした。
 「國稀って珍しい名前ですが、由来について教えてください」と私が尋ねると、佐藤さんは資料室に案内してくれながらこう答えました。「乃木希典(のぎまれすけ)大将が名付け親です。初代当主 本間泰蔵が東京に出張した時、乃木大将から名前を賜りました。『國稀』の稀は、乃木大将の希をそのままいただくのはおこがましいことから『のぎへん』を加えて『國稀』としました」と。
 國稀酒造のある増毛からも、多くの方が日露戦争に従軍したそうです。旅順攻防では多くの犠牲者が出たそうです。その時の軍の指揮官が乃木大将で弔いも込めての命名ではないかと…。
 蔵の最も奥に仕込み蔵があり、大きなタンクが整然と並んでいました。「國稀酒造の主力は、今でも地元向けの2級酒です」と佐藤さん。試飲させてもらうと、なるほど地元向けの2級酒は淡麗甘口で、上品な甘味がありました。1級酒はすっきりした辛口で、1級と2級でこんなに味の違う日本酒は珍しいと思いました。
 私が気に入ったのは辛口の純米酒。北海道産のコメの旨みを心地よく乗せたキレのよい味。冷やでよし、燗でよし。脂の乗ったホッケの塩焼きと國稀は実に美味い。
 家族4人で最北の酒蔵に訪問でき、よき思い出となりました。


959号 2019年7月7日

(152)酒の神様 野白金一物語その1

 世界中で今、静かな日本酒ブームが起こっています。現在でも日本中の日本酒は、熊本市島崎にある熊本県酒造研究所(香露醸造元)で生まれた酵母で仕込まれています。実は、日本酒のメッカ(聖地)は熊本なのです。意外に知らない酒の神様・野白金一博士の生涯を、シリーズでご紹介したいと思います。

◆肥後の灰汁持ち酒
 誠に困ったことが起こってしまいました。肥後藩は昔から清酒醸造はご法度でした。なぜならば、冬は寒いとはいえ、温暖な地域で、健全においしい清酒を醸すことはたいへん危険です。温暖な地域でも安全に作ることができるのが灰汁持ち酒「赤酒」でした。実は、藩主は酒蔵が醸造に失敗して、倒産するのが怖かったのです。
 藩に入る酒税金は江戸時代において、相当な割合を占めていました。米を原料に、その米を磨き、磨いた米でモロミをつくり、酒を仕込む。酒は米の何倍もの価格で売られていました。米が貴重だった上に、贅沢に米を磨いて醸した酒は、高価格となり、それなりの身分の方が嗜(たしな)んでいました。庶民が酒を飲むというのは、盆、正月か収穫に感謝する豊年の秋祭ぐらいでした。
 肥後藩の酒は赤酒。赤酒は「御国酒(おくにざけ)」と言われていました。普段の晩酌はもちろん、お正月の御屠蘇酒も赤酒を用いました。一方、他藩の清酒は「旅酒」と言いました。藩外に出た者は旅先で清酒を飲み、赤酒と違った味わいを絶賛しました。
 困ったことは明治維新に始まりました。藩が無くなり、人と物の往来が自由になると、他県の清酒「旅酒」が、どんどん熊本へ入ってきました。熊本の赤酒の造り酒屋はお手上げの状態となり、廃業に追い込まれる酒蔵もありました。

◆野白金一、熊本へ赴任
 1903年(明治36年)8月、野白金一氏が熊本税務監督局へ赴任。翌年2月に始まる日露戦争の足音が聞こえ始めた時節でした。日本陸軍・熊本第6師団は、陸軍屈指の精鋭師団として、日清戦争でも活躍したことが日本中に知られていました。鹿児島、都城、久留米そして熊本の九州男児で組織されたこの師団は特に酒を好んで飲んでいました。“うまか”酒を飲み、酒税を納め、産業を興し強い兵隊を組織し、先の徳川幕府が締結した不平等条約を改定させることに明治の日本人は躍起になっていました。
 野白金一氏はこんな時代背景の中、1876年(明治9年)12月18日に松江市に生まれました。1898年(明治31年)9月に東京工業高等学校(現在の東京工業大)応用化学科に入学し、1901年7月に同大を卒業。初任は松江でしたが、2年後熊本に赴任して格闘が始まるのです。(つづく)

 

○野白金一氏が初代社長を務めた酒蔵「香露」
【香露 特別本醸造旧特級酒】
原料米  麹・九州神力 / 掛・九州神力
精米歩合   60%    / 日本酒度   +1.0
酸  度   1.4ml   / アミノ酸度  1.7ml
度  数   15.8%  / 酵  母    熊本酵母
価  格   1800ml  税込2520円


961号 2019年8月4日

(153)酒の神様 野白金一物語その2

 世界中で今、静かな日本酒ブームが起こっています。現在でも日本中の日本酒は、熊本市島崎にある熊本県酒造研究所(香露醸造元)で生まれた酵母で仕込まれています。実は、日本酒のメッカ(聖地)は熊本なのです。意外に知らない酒の神様・野白金一博士の生涯を、シリーズでご紹介したいと思います。

◆熊本へ赴任
 初任の松江で2年の後、1903年(明治36年)8月、野白金一は熊本税務監督局に転任することになります。野白は東京高等工業・応用化学科で微生物学と醸造学も学びました。江戸時代より経験的に確立していた清酒造りですが、明治維新後、西洋科学のメスが入り、清酒醸造についても学理的な理論が出来上がりつつありました。卒業後、赴任した松江とその後に赴任した熊本でも、野白は学んだ学理的な清酒醸造とはかけ離れた醸造方法で仕込んでいました。それが伝統的な風味といえばそれまでですが、酒質は味が濃すぎ酸味が多い酒ばかり。味が濃いのであれば、水で割るとよいのですが、アルコール度数が高い玉(たま)のきいた酒ではありませんでした。そんな酒を水で割れば、飲んで物足りなさもあり、保存にも耐えられません。商品たりえない酒になるのです。
 当時、熊本の人々が好んで飲みたがったのは、維新後自由に熊本にやってくる県外の清酒=「旅酒」でした。

◆試行錯誤・妥協なき酒づくり
 江戸時代もそうですが、明治後期のこの時期、野白がみた熊本の酒づくりは次のようなものでした。熊本は冬も割合温暖であるために、暖地向きの短期間で発酵を終えるモロミをこしらえました。短期モロミは乱暴な言い方をすると、いわゆる焼酎のモロミと同じです。素早く発酵させて、アルコールだけを蒸留によって得ます。球磨焼酎、鹿児島の芋焼酎もそのように仕込みました。
 清酒蔵は仕込みの当初は日本酒を仕込むつもりで仕込みを始めます。モロミが発酵の途中でどんどん酸が出てくると、その酒を蒸留して焼酎にしました。酸が少ないモロミの酒は清酒として出し、本気で健全な清酒を仕込もうというものではなかったので、一向に品質が向上しませんでした。
 野白は、モロミに酸を出さないための酒づくりを目指しました。「妥協があるから酒質が向上しない」。酸を出さないための酒づくりを実践する蔵、野白の意向を具現化してくる蔵が必要でした。そこで熊本市川尻の『瑞鷹』醸造元の吉村彦太郎が協力してくれました。吉村は大阪で醸造学を学び、吉村家は熊本でも一、ニの資産家の名家であり、熊本の酒造業界でも雄的存在の酒蔵でした。これは明治42年のことです。(つづく)

 

○野白金一氏が初代社長を務めた酒蔵「香露」
その野白流の酒づくりを現在も受け継ぐ酒蔵叶髄驕i川尻)

【香露 特別本醸造旧特級酒】
原料米:熊本県産あきげしき / 精米歩合 麹米:60% / 掛米:60%
酒度:+9.0 / 酸度:1.0 / アルコール:15.5% / 酵母/熊本酵母

価格:1800ml 税込1995円 / 720ml 税込 994円


963号 2019年9月1日

(154)酒の神様 野白金一物語その3

◆酒造研究所ができる
 明治42年(1909年)に熊本県酒造研究所ができましたが、それを支えた一番の理解者は、熊本市川尻「瑞鷹」醸造元の吉村彦太郎氏でした。大阪で醸造学んだ吉村は、近代科学的な醸造のことにも明るく、熊本伝統の赤酒について精通しており、擁護しようとしていたことは事実です。
 加藤清正公が淀君に献上したと言われる『桂花酒』は赤酒がベースで、その赤酒に様々な薬草を加え、香味を整えたものと言われています。その風習は、令和の現代でも、お正月の赤酒の御屠蘇として熊本県民の多くが嗜む風習があります。お正月の御屠蘇と言えば、熊本以外の地域では、清酒もしくは味醂(みりん)に屠蘇参を沈め、薬草の生薬を酒精に溶かし、その生薬の薬成を体に取り込むというものです。熊本はお正月だけは赤酒を用いるし、普段の生活の中では、料理酒として用います。味醂には焼酎が含まれいて、煮つけに使うと硬くなる傾向があり、赤酒は清酒と同じく素材を柔らかくほぐす傾向にあります。甘味があり糖分が入っているため、照りが清酒よりも深くでます。熊本の郷土料理の味を引き出すには赤酒が欠かせません。江戸時代の熊本は赤酒が国酒で、生活に根付いた熊本の伝統的な酒でした。
 「先生、なんで、赤酒を作ることが悪かとですか?」と吉村は尋ねる。「悪いとは申していぬ。我が故郷・松江にも赤酒に似た灰持酒がある。清酒ができる以前から日本にあった伝統的な酒だ。が、時代はこってりと甘い赤酒よりも、県外からのすっきりとした清酒の方が人気があろう。まずは清酒醸造の技術を学び、身につけ、実践して販売をして行くことが懸命では」と出雲弁だろう東北のズーズー弁に似た口調で諭すのです。「県外の酒の売上は伸びるが、熊本の酒は売れぬ。近頃では球磨の焼酎の方が人気が出てきた。蔵の役に立つ酒づくりは、店にも役に立つ。他の蔵も同じこと。その方法を誰が教えるのですか?」「私が教えましょう。だが、その酒づくりを実践できる場所がない」「私が造ります」「鑑定部にあるような分析機器、顕微鏡、天秤、酒づくりに携わる者が集える教室。それがあればできます」おそらく、このような会話が野白と吉村の間であったでしょう。
 明治42年に川尻の瑞鷹の敷地の一角に、酒造研究所ができました。110年前のことですが、研究所の設立で以後熊本は歴史に名を残す数々の偉業を生み出していくとは当時の野白も吉村も他の県内の酒蔵の当主も想像できなかったでしょう。(つづく)

 

【雲雀 特別純米】
 
原料米   矢部産レイホウ
精米歩合 麹米 60%/掛 米  60%
酒 度  +5.0/酸 度   1.4/アルコール 15.0%
酵母 熊本酵母
価格 1800ml 2100円(税込)/720ml 1050円(税込)


966号 2019年10月6日

(155)酒の神様 野白金一物語その4

◆赤酒を退治する
 明治42年に酒造研究所が、熊本市川尻の瑞鷹の敷地内に完成しました。この研究所は後に熊本県酒造研究所・香露の醸造元の母体となるのですが、完成した当時は単に「酒造研究所」でした。国立でも、県立でも、市立でもない。あえて言えば、瑞鷹の吉村家とそれに同調する酒蔵の私塾的な存在の「酒造研究所」でした。資金的にバックアップしたのは吉村家で、私立といっても過言ではないのですが、瑞鷹に特化して醸造技術向上を目指すのではなく、熊本県内をボトムアップするという意味においては「私塾」的な存在であったでしょう。
 吉村家はもっとも被害者だったかもしれません。資金を提供した上に、肥後伝統の「赤酒」の駆逐の政策に野白金一は出ました。講義において、野白は徹底して「赤酒の退治」を説きました。「赤酒」が今や時流の酒ではないにしても、徹底した「赤酒退治」は、吉村家をはじめ、多くの熊本の蔵元には厳しいものでした。大らかな吉村彦太郎も黙ってはいませんでした。
 

「野白先生のおっしゃることは重々分かっております。そるばってん、赤酒が嗜好に取り残された酒ですが、昔から伝統的に造っておりますし、今も造っとります。どげんか、共存の道はなかとでしょうか。蔵の中の指導で赤酒退治ば唱えられますと蔵人もびびってしまって…。困っとです」

 
「吉村さん、私は赤酒を憎んでいません。郷土の山陰にも赤酒と似た地酒があります。球磨焼酎も、赤酒も熊本の風土が生み出した、風土に根差した酒であると理解しています。日本の中で、清酒の技術が一番優れているのは存知のことでしょう。政府が招聘(しょうへい)したアトキンソン博士もそれを認めています。世界の中の醸造酒で、アルコール度数が20度にまでなる清酒は世界一の技術であると認めています。清酒は容易にできるものではありません。清酒を仕込んでいて、モロミのようすがおかしいから赤酒にするとか、蒸留をして焼酎にするとかしているようでは、いつまで経ってもまともな清酒は造れません。伝統的な赤酒、蒸留をした焼酎づくりの技術、そして、今からの清酒づくりの技術。この3つを両立させれば、熊本は日の下一の酒の先進地になるでしょう。清酒づくりにおいて、熊本は真っ白なキャンパスも同然。清酒を作ってこなかった。明治になり、醸造技術が確立されつつあります。真っ白なキャンパスに、醸造技術の先進的な技術を描けば、灘や伏見にいち早く追いつくことができるでしょう。妥協の酒づくりでは、何年やっても同じです。清酒づくりをとことん追求する風紀が熊本に求められるのです」

【千代の園 大吟醸 エクセル】
 
原料米   兵庫県産山田錦
精米歩合  40%      日本酒度  +2.0
酸   度  1.2ml    アミノ酸度  1.3ml
度   数  15.5%    酵   母  熊本酵母
価   格   720ml 3500円(税別)


969号 2019年11月3日

(156)酒の神様 野白金一物語その5

◆「猛烈」…明治の偉人
 明治42年に熊本市川尻の瑞鷹の敷地に酒造研究所が完成しました。野白金一は、冬の時期になると、自宅に戻ることはほとんどなく、ずっと研究所に籠りっきりで酒づくりに没頭しました。
 吉村彦太郎(瑞鷹の当主)より、酒づくりをみっちりと習得しようとする男がいました。彦太郎の弟、吉村和七です。酒造研究所には、当時としては最新鋭のお米を磨く精米機やボイラーも設備され、半仕舞(※1)で1日に5石米を潰す(※2)規模の酒づくりが行われました。研究所で試験醸造をしながら、熊本県下の酒蔵も巡回指導はもちろん、福岡、佐賀、大分まで巡回し、時には、壱岐や対馬にも渡り焼酎の指導を行ったり、球磨にも指導へ赴きました。まさに猛烈という言葉がピッタリのように研究と指導に邁進しました。
 国策とはいえ、健全な酒を造り、殖産興業化を推し進め、近代日本の礎を築くために働くというのは、明治日本人の崇高な精神、生きざまのようにも思えます。

 
※1=「半仕舞い」とは…仕舞いとは、お酒を仕込むこと。毎日、毎日、タンク1本ずつお酒を仕込むことを「日仕舞い」といいます。「半仕舞い」は、言い換えると「1/2仕舞い」とも言い、二日に1本ずつお酒を仕込むこと。
※2=「5石米を潰す」とは…「白米を5石使う」ということ。1石は現在のお米の量としては150sで、5石ならば750sです。総米750sの仕込みとなります。これは、現在の大吟醸小仕込みの量も概ねこの仕込み量です。仕上がるお酒は一升瓶で800〜1000本出来上がります。8石〜10石の酒になります。

 明治の後半であるから、現在のように60%以下のように吟醸仕込みはできなかった。水車精米、足踏み精米が主流であったこの時代に、動力を使った精米機が設備されていた研究所は近代的な酒蔵でした。試験醸造であったにせよ、設備は贅沢なものでした。吉村家の想いはそれに応えようとする野白の酒づくりの熱意がよく分かります。

 

◇野白流儀の熊本吟醸の最高峰。ワインと同じくコルク栓。発売以来、全国の酒ファンを魅了し、漫画「美味しんぼ」にも登場しています。今年のお歳暮におススメします。

 

【千代の園 大吟醸 エクセル】
 
原料米   兵庫県産山田錦
精米歩合  40%      日本酒度  +2.0
酸   度  1.2ml    アミノ酸度  1.3ml
度   数  15.5%    酵   母  熊本酵母
価   格   720ml 3500円(税別)


972号 2019年12月1日

(157)たわらや酒店 リニューアルオープン

◆熊本地震の被害を乗り越えて
 熊本の方にとりまして、あの揺れは「まさか」の一言でした。今、思い返してみれば、本当にゾッとします。
 弊社・たわらや酒店が現在の旧国道57号線沿いでお店を構えたのは、1978(昭和53)年8月でした。戦後、昭和26年に祖父が復員後、酒屋を熊本市水前寺で創業。その後、父が菊陽町に引っ越し、酒屋を始めました。当時の三里木は、桜の古木が並び、家から駅まで建物は全くありませんでした。今とは比較にならないほどの田舎でした。
 築40年の建物は、半壊との判定。本震直後は、ガラス、商品は割れ、お店はさまざまな酒が割れて悲惨な状況でした。
 地震後しばらくは、開店休業状態。お酒を買いに来るお客様はゼロ。ひたすら、雑巾に割れたお酒を吸わせ、バケツで絞る作業を繰り返しました。雑巾にガラスが絡み、絞る時に指にガラスが刺さり、血が出るのです。それを見かねた、熊日菊陽販売センターの夕刊配達の方が、すぐにタオルや雑巾を約百枚、集めてくださいました。本当に嬉しかったです。私も同じように「何か報いることはできないか?」と考え、当時、避難所となっていた三里木町民センターや町内の避難所に夕飯の時に温かい食べ物を作り奉仕しました。
 2018(平成30)年3月に被災した建物を解体して、プレハブの建物での仮店舗営業となりました。この1年9か月は心身ともに本当にこたえました。

◆ いよいよ新装オープン
 弊社が心がけてきたこと。それは、伝統の日本の酒を醸す酒蔵から、直接お酒を仕入れ、定価で、品質のより良い状態でお渡しすることです。いよいよ12月12日(木)に新装オープンをする予定です。これまで日本酒・焼酎・梅酒に特化した売り場に加え、新しく国産のワイナリーが醸した国産ワイン、フランス、イタリア、スペイン、ドイツなどから輸入した品質の高い地ワイン、国産のクラフトビール、輸入ビール、全国の酒蔵が推奨するお酒に合う肴(食品)の販売を開始します。
 店に併設して、飲食スペースが生まれます。こちらの開店は年明けになりますが…。その場で、お酒とお料理が楽しめる情報発信のお店が生まれます。ご来店お待ち申し上げます。


982号 2020年3月1日

(158)2020年、五輪の年に『五凛』で乾杯!

 令和2年=2020年は、どんな年になるのでしょうか?日本における最大のイベントは、なんと言っても、7月から開催される「東京オリンピック・パラリンピック」ではないでしょうか。
 前回1964(昭和39)年に開催され、56年ぶりに、オリンピック・パラリンピックが日本にやって来ます。私は前回大会を知らないので、たいへんワクワクしています。
 前回の東京五輪が開催された日本は、高度経済成長期でした。酒業界は、戦後の米不足を、アルコール添加と糖類や酸味料を混和し、日本酒とみなす、この類の日本酒が、99%を占めており、純米酒という言葉すらありませんでした。そんな東京五輪の年から、品質志向を掲げる酒蔵が、全国各地で産声をあげています。秋田県、山形県、新潟県、富山県、石川県、岐阜県、熊本県の醸造元が、純米醸造や、吟醸酒市販化を模索し始めています。今では、当たり前のことのように思えますが、暗中模索の中、未来志向の動きがスタートしたと思えば、感慨深いものがあります。

  『五凛(ごりん)』という銘柄の日本酒があるのをご存知でしょうか?醸造元は『天狗舞』でお馴染みの石川県白山市・車多酒造(しゃたしゅぞう)。創業は幕末の文政六(1823)年。現在、社長の車多一成くんは私と同輩。ご縁があり、長いお付き合いが続いています。彼が、『ぐびぐび呑める天狗舞』をテーマに、地元の篤農家と酒米を契約栽培して、作り出したのが『五凛』という日本酒です。純米酒と純米大吟醸と2アイテムがあります。世界中の人々が、【感動】を呼び起こすお酒を醸したい。その思いから醸したお酒が『五凛』だそうです。

酒質を設計し販売する「蔵元」
酒を醸す「杜氏と蔵人」
蔵の思いとお客様の思いをつなぐ「酒屋」
最適な状態で酒をサーブしてくれる「飲食店」
酒を楽しまれる「お客様」

その五者が常に凛とした関係であり、凛とした酒を楽しんで頂けるように思いを込め、五凛Go-RINと命名。(車多一成くん 説明)
  今年は、多くの海外からのお客様が日本にやって来ます。もしかすると、皆様も、一緒にお食事する機会があるかもしれません。そんな時に、銘酒『五凛Go-RIN』を楽しんで見てはどうでしょうか。ぐびぐび呑める未来志向の日本酒です!!

純米大吟醸
1800ml 4,400円(税込)
 720ml 2,200円(税込)

純米酒1800ml 2860円(税込)
     720ml 1430円(税込)


985号 2020年4月26日

(159)コロナウイルスに負けない
   酒粕の用方法について

 「まさか」このような事態になるとは…、誰もが予期していない事態が世界中で進行しています。世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス。新型コロナウイルスに効く薬がないこと、潜伏期間が非常に長いこと、潜伏期に症状が現れず急激に重篤化することが報じられ、このウイルスの怖さを思い知らされる毎日が続いています。
 私は、学生時代、生物化学を学びました。その観点から、これから続くコロナとの長い戦いに、どう対処したらよいか〜、私なりに考察したことを述べたいと思います。
 そもそも、ウイルスとは、生き物ではありません。生きた動物の細胞に宿り、増殖をする、寄生的な生き方をしているものです。ウイルスは、細胞よりも小さいです。これが体内で増殖しなければいいのですが、これだけ猛威を振るっているところをみると、増殖力・感染力の強いウイルスであることは、簡単に察しがつきます。
 では、薬がない今、私たちが毎日できることと言えば、免役力を高めることです。熊本地震で被災した私たち熊本県民は、肌で、その感覚を覚えていると思います。普段の生活をする、生活リズムを整えることです。「食べる」「寝る」「出す」「動く」ことで、免役力が高まります。
 体の免疫機能が万全ならば、ウイルスを寄せ付けないし、寄せ付けても増殖の速度をより遅らせることが期待できます。免役機能についての話題は割愛します。

■救世主は「酒粕」!
  食生活の中で、より免役を高めるための材料があります。『酒粕』です。日本酒を仕込むと、液体部分の「日本酒」と、個体部分の「酒粕」に分離されます。酒粕の中には、日本酒の酵母や米麹が生きた状態で存在します。また、旨味成分である各種アミノ酸が豊富に含まれ、アミノ酸の結合体であるタンパク質も豊富に含まれています。
  酒粕を食するのに、最も効果的な方法は、お味噌汁の中に一緒に混ぜるのがいいでしょう。味噌漉しの中に、お味噌と、少量の酒粕を入れて、一緒に溶かし込みます。分量は、お好みでいいでしょう。石狩鍋のようにたくさん溶かす必要はありません。
 また、酒粕の中には、お米の繊維成分が豊富に含まれているために、胃や腸を整えてくれますし、お通じも促進する効果があります。しばらくの間、不要不急の外出を避けまして、人込みを避け、毎日の生活を整えて、健康に気をつけなければならないようです。たわらや酒店には、春先に搾った純米大吟醸生酒の酒粕が入荷しています。ほんのりと、りんご、洋ナシのような香しい酒粕です。1s単位で販売しています。おたずねください。
たわらや酒店 電話096−232−3138


987号 2020年5月31日

(160)コロナ対策  エタノールについて考える

 2020年、まさか、生物兵器というべき新型コロナウイルスに人類が脅かされるとは…。歴史を振り返ると、人類は百年に1度程度、新たなる感染症で、多くの人命を失い、苦しみ、耐えて、新しい薬を開発し、体の中に抗体を作り生き延びてきているといいます。今回のコロナウイルスにしても、コロナ用の特効薬の開発ができ、人々の体の中にコロナ抗体がある一定程度の割合で増えるまで、元のような生活スタイルには戻らないだろう。新しい生活スタイル=ソーシャルディスタンスにならざるをえないだろう。
 人が手で触れたところ(例えば、ドアノブ、買い物カゴ、エレベーターのボタン等)、ウイルスが付着して、拡散されていると言われます。見えない敵を撃滅させるためには、エタノール=エチルアルコール(単にアルコール)で拭き取り、ウイルスの活性を無くすのが一番手軽な方法と言われています。しかし、供給を越えた需要に対して、アルコールが全く手に入らなくなり、アルコール製造を、酒蔵が担う動きが出てきました。

■度数の高い酒が消毒用になる
 消毒液=エチルアルコールには2種類のものがあります。
@工業用アルコール→エチレンを加水分解して人工的に製造。酒税は含まれない。食用でない。
A醸造用アルコール→植物由来の糖分を発酵させることにより抽出。酒税が含まれる。飲用可。
ということは、なんとなく理解できると思います。
 今回の新型コロナウイルスの出現で@のアルコール需要がひっ迫して、特例として、消毒用に限り酒税をのせないスピリッツ=高濃度アルコールの販売が認められました。厚生労働省が定めた「日本薬局方」という基準により、消毒液のアルコール濃度は最も殺菌効果が高いと考えられる76.9〜81.4%の間とされており、今回、コロナ対策で新発売された高濃度スピリッツは、おおよそ75%程度で発売されています。水で希釈することなく、そのまま使用できます。しかも、工業用でないため、食器を消毒したり、食べ物を消毒したりできる安心なアルコールです。

■取り扱いに注意
 高濃度エタノールは、そのままで燃焼するので、台所の火のそばに置いたりすると爆発してたいへん危険です。火気厳禁で、冷暗なところで保存をお願いしたいです。

■瑞鷹・ゴールデンホーク75(500ml/1530円(税別)
 熊本市南区川尻にある『瑞鷹』清酒醸造元が、この度、消毒用アルコールを発売しました。もともと、リキュールや焼酎用の原料アルコールを製造しているメーカーで、この商品は、飲用も可となっています。糖蜜を発酵させて、いわゆる甲類系焼酎をつくり、焼酎よりもはるかに高いアルコール度数 75%で瓶詰めされています。ドアノブを含めて、あらゆるものを消毒できます。口に入れても安心なのがうれしいです。
 これからしばらくの間、マスク着用、アルコール消毒作業は、し続けなければなりません。アルコールは常温で保存が可能ですので、ある程度、ご家庭で備蓄しておくと安心かもしれませんね。


989号 2020年6月28日

(161)寒北斗(シビエン)辛口純米 夏の青

◆筑前一宮・北斗宮のお膝元
享保14年創業の寒北斗
 代表銘柄・寒北斗と喜久玉乃井を醸す寒北斗酒造鰍フ歴史は古く、享保14年(1729年)創業。遠賀川の上流域・嘉麻市(旧嘉穂町大隈町)の街中にある。筑豊盆地の広大な平地で豊穣の実りをつける嘉穂米。地元の米で酒が仕込まれてる。主に酒造好適米・山田錦と地元米・ツクシホマレ。仕込みも小仕込で丁寧に仕込まれる。純米酒でも吟醸を彷彿させる柔らかで上品な芳香と味わいを持つ。

◆母の郷土の酒
 戦前、寒北斗のある嘉穂は筑豊炭田でたいへん賑わいました。上山田線大隈駅をはじめ商店街は賑やか。酒蔵も数件ありました。父の仕事の関係で小学校高学年の時に天草へ引越しましたが、現在も親戚がいます。寒北斗の酒米・山田錦を栽培当初から栽培している中島富士雄は当主の故矢野会長様の同級生と伺っており、私の親戚です。私の故郷の酒として、熊本の人に故郷の豊穣な酒の味わいを伝えて行きたいと思います。どうぞ、寒北斗を宜しくお願いします。(母・則子)

◆寒北斗発売のエピソード
 福岡酒類鑑定官として金沢より赴任してきた故・永谷先生の元に、地元福岡の酒屋がやってきた。酒屋は先生に上質な純米酒を醸す蔵を尋ねた。当時、大吟醸を醸す蔵はあったが、中吟クラス、純米クラスを毎年安定して仕込む蔵は福岡には無かった。が目ぼしい蔵があった。寒北斗酒造(当時は玉乃井酒造)だった。地元酒屋の有志と玉乃井酒造が出会い、昭和59年、『寒北斗』が生まれた。
 黒田長政公ゆかりの筑前一ノ宮・北斗宮の名を戴き、厳冬期に仕込む酒という意で『寒北斗』と。幾多の困難を乗り越え、今や、福岡を代表する銘酒として名を馳せる。人の「和」で酒を仕込む寒北斗の信念の酒だ。

◆暑い夏用のshi-bi-en辛口純米
 地元、嘉麻市の契約農家「寒北斗山田錦部会」の皆さんが栽培した山田錦、遠賀川源流の恵みの蔵内の古井に湧く「寒北斗」、日本を代表する「熊本酵母」を使い醸し出す「寒北斗」。
 すっきりした軽い飲み口と、キレのある喉ごしが持ち味の夏に美味しい辛口純米酒です。キンと冷やして飲むのもよし、大きめのグラスに大きめの氷を入れてロックで飲むのもよし。涼を感じさせてくれる純米酒です。
 酒名の『shi-bi-en』とは、古代天文学における天球上の一区で、天の北極を中心とした星座のことです。天区に見立てたラベルには、北斗宮の紋「七曜紋」を、星模様で配し、その中央に一際煌めく「北極星」と「北斗七星」を夏の夜空に見立ててあります。

≪日本酒データ≫
原料米:福岡県嘉麻産『山田錦』(麹米)と『夢一献』(掛米)
精米歩合:麹米55%、掛米55% / 日本酒度:+7.0 / 酸度:1.70?
アルコール度数:14.5% / 酵母:熊本酵母
価格:720ml 1,336円(税別)・1800ml 2,673円(税別)
製造元:寒北斗酒造梶@福岡県嘉麻市大隈町1036番地1


991号 2020年7月26日

(162)夏に美味しい芋焼酎をご紹介
薩摩『桐野』白麹25°(芋焼酎)

◆最後の復活蔵「中俣酒造」
鹿児島市内から指宿枕崎線で南下すること約1時間。指宿市に入ってまもなく停車する無人駅・西方駅がある。車窓左側には錦江湾が広がり、右側に小さな焼酎蔵がある。そこが今回ご紹介する薩摩最期の焼酎蔵・中俣酒造だ。
中俣酒造は30年間焼酎造りを休んでいた蔵元。蔵元はいつの日か芋焼酎を復活しようと免許だけは返上せずに酒屋を営んでいた。そして2005年春、30年ぶりに中俣酒造で焼酎づくりが復活した。「明るい農村」「萬膳」「八千代伝」に続く4番目の復活蔵。これで、休場の蔵がすべて復活したことになる。だから薩摩最期の焼酎蔵・指宿蒸留蔵なのだ。
 とっても小さな手作り蔵。蔵元には失礼だが、マッチ箱のようなコンパクトな蔵だ。ここを最後の仕込み蔵としたベテラン杜氏こと黒瀬勉杜氏は、半世紀にわたって培った技をこの蔵に注ぎ込み、最高の芋焼酎づくりに勤しむ姿。新しい芋焼酎の風がこの小さな蔵元から生まれようとしていた。05年春のことだった。私は、『桐野』製造元・中俣さんと復活のころから、これからの芋焼酎について熱く語ってきました。

◆薩摩『桐野』は、黒瀬勉杜氏の集大成の逸品!
この芋焼酎 薩摩「桐野」は、芋は王道の黄金千貫(南薩摩産)、麹菌には河内白麹菌を使用。さらに、麹米に、日本酒を醸造するための酒造好適米・山田錦を使用。上質な米麹で、最高品質の芋焼酎を醸す。これは、名杜氏・黒瀬勉杜氏の遺作となる仕事となりました。黒瀬勉杜氏の集大成を結集して作り上げられた芋焼酎がこの薩摩「桐野」といっても過言ではありません。
最高の原料を布陣し、仕込みは、一次仕込み甕壷で行い、二次仕込みは琺瑯タンクで行い、出来上がった焼酎は、甕壷で熟成をさせて、香味を整えていくのです。香りは、控えめながら甘い芋焼酎の芳香があります。口に含めは、しっかりしたボディーのまろやかな味わいが広がります。ハッキリ言って、旨い芋焼酎です。
 酒名は、幕末の薩摩藩士・桐野利明から命名されました。若かりし頃は人斬り半次郎として、新選組も恐れた抜刀術。西郷隆盛の参謀として、最後まで西郷を支えました。明治10年の西南戦争で、西郷隆盛と共に鹿児島城山で没しますが、頑なで、曲がったことが嫌いな薩摩男児でした。酒質も桐野の朴とつさが似ているように思います。


994号 2020年9月13日


996号 2020年10月11日

(164)同級生・かの子さんが醸った
『かのこビア』ヤマブキエールについて

◆同級生が醸したクラフトビール
 ビールの旬と言えば、夏かもしれない。持論であるが、ビールが最も美味しく感じる季節と言えば「秋」ではないだろうか?『ビールは喉ごし』という言い方をするが、この呑み方は、味わっているとは言えない。秋は、空気が乾燥して、山の幸、海の幸、結構な食材が豊富に出回る。そんな味覚の秋にこそ、日本酒もワインもそうだが、ビールが最もおいしい季節を迎えるような気がします。
 ビールを喉ごしではなくて、香りと味わいで嗜む…と飲酒スタイルを提案しているのが、私の同級生かの子さんです。今日は、彼女が醸したクラフトビールについて、ご紹介したいと思います。
 彼女とは、高校時代同級生でありましたが、一緒のクラスになったことはありません。趣味でワインに造詣が深いことは存じていましたが、まさか、ビールを醸造するとは思ってもいませんでした。先日(9月30日水曜日)、熊本に彼女が帰省した折、たわらや酒店に来てくれました。お土産に、彼女が醸した「かのこビア・ヤマブキエール」を置いていってくれました。
 「どうしてビールを醸造したの?」と尋ねると、「ワインを造りたかったけど、葡萄から栽培するとなると、けっこう難しい。自由な発想でビールづくりにチャレンジしました」と彼女らしい口調で答えがかえってきました。しかも醸造を依頼したのは、南信州ビールさん。彼女の御親戚のご縁で長野県駒ケ根、中央アルプスと南アルプスの麓でかのこビアは作られているのです。
 ワイングラスみたいな、たっぷりとして、口が窄んでいるグラスに、ちょっと冷やしたかのこビア・ヤマブキエールを静かにゆっくりと注ぐ。紅茶のフレーバーが先ずは香ってくる。きめ細やかな泡立ち。飲むという感覚ではなくて、「食べる」「味わう」という感覚で、ゆっくりと口に含んで欲しいです。すると、香りと同じ紅茶のフレーバーと、ホップの爽やかな苦みが心地よく広がります。ビールの概念を変えてくれるビールです。何度もいいますが、「飲む」ではなくて「食べる・味わう」感覚でビールを飲むスタイルがあるのだなぁ~と思いました。ワインの好きな彼女らしい自由な発想で醸造したかのこビア・ヤマブキエール。2020年10月よりたわらや酒店のビール用冷蔵庫にお目見えしました。日本酒と一緒に1本いかがでしょうか?

 ビールの新しい世界を発見できます。

【かのこビア・ヤマブキエール】

原料 ホップ 紅茶 ゆず陳皮 山椒
度数 7.0%
価格 330ml/600円(税別)


1000号 2020年12月20日

(165)地酒途中下車 奥羽本線 高畠駅(山形県)
最高の国産スーパークリングワイン 高畠『嘉』(よし)

 



クリスマスに卓上を彩るおススメの1本

 昭和の時代、上野発の夜行列車は、青森を目指してダイヤが組まれていました。まっすぐダイレクトに青森を目指す東北本線。東北本線福島駅から、険しい奥羽山脈に沿って、山形、秋田、弘前を経由して青森を目指す奥羽本線。今回は、奥羽本線に乗ってみたいと思います。福島から急勾配・板谷峠。蒸気機関車時代は、国鉄屈指の難所でした。峠駅の力餅は有名でした。峠からはひたすら、最上川に沿って下っていきます。高畠は丘陵地帯で、ぶどうの栽培が有名です。今日は高畠駅に下車しましょう。
◆高畠ワイナリーについて
 山形県東置賜郡(ひがしおきたまぐん)高畠町に、1990年創業の高畠ワイナリー。今年で創業30年を迎えます。高畠は、山形県でも南部に位置します。福島から山を越えたところが、米沢ですが、高畠はその北側にあります。山形県を南から北へ北上する最上川の上流域にあります。お米や葡萄、ラ・フランスの栽培が盛んで、銘酒『米鶴』が醸造される街と言った方が、酒ファンには分かりやすりかと思います。その高畠ワイナリーが醸造する『嘉』というスパークリングワインを飲んで感動しましたので、ご紹介します。

◆シャルドネ
 世界の高級白ワインは、このシャルドネ種で醸造されています。皮は青色をした白ブドウで、遺伝子解析の結果、フランス・ブルゴーニュ―地方で、ピノ・ノワール種とグエ・ブラン種が自然交配によって誕生した品種のようです。「白ワインの女王」とも称される品種です。
 白ワインで有名な、「シャブリ」も、「コルトンシャルルマーニュ―」も「ムールソー」も、「モンラッシェ」もすべて、このシャルドネ種から醸造された白ワインです。冷涼な地域から温暖な地域まで、栽培が可能で、世界じゅうの銘醸地で栽培されています。地域によって香味が変わるのも面白いですね。
◆醸造元高畠ワイナリーについて
 平成2年に誕生した30年の歴史の蔵です。ヨーロッパの先進的な地域の技術を、高温多湿な日本の気候にフィットさせる改良技術を駆使して、短期間に世界レベルのワイナリーとして成長を遂げた新進気鋭の侍ワインです。
 雨の多い日本で、上質なシャルドネを作るために、房の上に雨除けのビニール屋根があります。
◆このワインの香味
 完熟したシャルドネ種だけを使用して醸造したスパークリング白。程よい酸味のキレが絶妙。感動した日本のスパークリング白です。一口飲めば、国内外のワインコンクールで高評価をもらった経歴であることが分かります。値段も手ごろです。きめ細やかなタッチと泡も魅力。和食全般に合わせやすいワインです。お刺身にも牡蠣にも抜群です。クリスマスの卓上を彩る1本としておススメいたします。


1001号 2021年1月3日

(166)地酒途中下車 越後線 小島谷駅(新潟県)
夏子の酒「清泉・亀の翁」純米大吟醸酒 数量限定入荷

 東西に広大に広がる越後平野。信濃川がつくった広大な平野は、日本屈指の米どころです。越後平野の新潟駅から柏崎駅までの83.8qを、大動脈・信越本線より海沿いを走るローカル線が越後線です。途中駅・小島谷駅という無人駅に下車してみました。この駅のそばに今月話題の酒蔵があります。清泉(きよいずみ)亀の翁(かめのお)を醸す久須美酒造へ、ご案内致します。
◆夏子の酒
 1988年(昭和63年)〜1991年(平成2年)3月、週間モーニングで連載された尾瀬あきら著・夏子の酒はご存知でしょうか。私はちょうど大学生でした。夏子の酒を毎週楽しみにして読んでいました。
 夏子の酒のストーリーを掻い摘んで話します。実家を継ぐ予定の夏子の兄が倒れた。東京で広告代理店に勤める夏子は知らせを受け、故郷に帰宅する。新潟で酒蔵を経営する実家は何も変わらず、兄も元気そうであった。兄は自分の夢を夏子に聞かせる。「幻の米、龍錦を栽培し、いつか日本一の酒を造りたい。」と。その後、兄は他界。夏子は兄の夢を実現すべく、酒蔵に入り、稲を育て、酒を醸す。夏子の酒に描かれているのは伝統を守る蔵とその周に住む人々の様々な関わり、環境問題、農業問題、後継者問題、農村と都市の格差などなど。間接的に問題定義をした。そして最後、龍錦を使って今までに飲んだことのない酒を完成させるという物語。

◆夏子の酒のモチーフ・久須美酒造
 夏子の酒の幻の酒米・龍錦は実は「亀の尾」のことです。これは物語ではなく、実際に久須美酒造(清泉・亀の王醸造元)が歩んで来た物語なのです。
 1980年代、久須美記廸氏が専務時代のこと。越後杜氏の長老・河井清杜氏から「昔飲んだ『亀の尾』で造った酒の味が忘れられない」と聞いたことがありました。
  新潟県農業試験場からわずか1500粒(35g程度)の種籾を入手。これを自家田で栽培。収穫にみごと成功。その酒米で造った清泉「亀の翁」という純米大吟醸を世に問うたのです。そのストーリーと酒が一躍脚光を浴び、清泉は多くのファンを造るに至りました。

◆夏子の酒・「亀の翁」
 私の好きな渾身の日本酒です!
 清泉「亀の翁」は、「亀の尾生産組合」が栽培した「亀の尾」を用いて、「麹蓋(こうじぶた)」による丁寧な麹造りを行い、40%まで磨き上げて、厳冬の時期に低温でじっくりと醸された完璧な大吟醸酒です。
 2016年9月、ワイン評論の世界的権威「ロバート・パーカー・ワイン・アドヴォケート」が、初の日本酒評価を発表。その中で98点を獲得し、最高位となったのが「清泉 亀の翁 純米大吟醸 三年熟成」でした。(清泉 亀の翁 純米大吟醸を蔵内低温貯蔵した三年熟成が受賞)

 人と人に出会いがあるように、人と酒にも出会いがあります。私はこのお酒を最初に飲んだ時に、感動を覚えました。これほどまでに「洗練」された美しい大吟醸でした。
 とっておきの日に、自分の大好きな方と飲んでもらいたい、とっておきの純米大吟醸です。


1003号 2021年2月14日

(167)地酒途中下車 東北本線 盛岡駅(岩手県)
ベアレン醸造所 
チョコレートスタウトビール バレンタインセット

 盛岡郊外にユニークなクラフトビール醸造所があります。ベアレン醸造所です。特にこの時期、人気のビールが発売されます。それは、チョコレートを原料にしたスタウトビールです。甘くてほろ苦い、お話です。

◆ベアレン醸造所について
  岩手県盛岡市に、2001年2月に創業を開始した「ベアレン醸造所」。クラフトビールの先駆的な醸造所です。

ベアレン醸造所の理念は
・うまいビールで、世界中の食卓を幸せにしよう。
・環境に配慮し、永続可能な社会のために貢献しよう。
・職場の安全を守り、スタッフの夢がかなう会社にしよう。
・すべてに隠し事のない、いつでも胸を張れる仕事をしよう。

とのことです。

 ベアレン醸造所は、地元岩手に根ざし、ヨーロッパの伝統的なビール文化を尊重して、手造りの本格ビールを造っています。そのビールは日々飲み続けられる味わいながら、贅沢なコクと豊かな余韻にあふれているものです。ベアレン醸造所は、ビールにも選ぶ楽しみ、プレミアムを味わう楽しみを提案し、岩手からビール文化を発信していきます。そんな文化が食卓をもっと豊かに、ハッピーなものにしてくれると考えている会社です。
〜恋は甘いだけではない。苦みを知ってこそ大人になれるかも〜

◆チョコレートスタウトビールについて
  2005年に日本で初めて発売された、本場英国スタイルのチョコレートスタウト。原材料には、麦芽、麦、ホップしか使用しておりません。ローストされた黒麦芽「チョコレートモルト」を使用しているため、濃厚な色合いのスタウトに仕上がっています。
  伝統的な製法でつくられたベアレンチョコレートスタウトは、上質なコーヒーやカカオのような香りとビターチョコレートのような香ばしい味わいが特徴です。アルコール度数6.5%の濃厚な味わいです。
※香料、カカオなどは使用していません。

◆ミルクチョコレートスタウトビールについて
  ほんのり甘口のチョコレートスタウト。糖類に「乳糖」を加えており、ミルクは不使用。濃厚な味わいながらも、かすかに感じる甘さと比較的軽やかな飲み口になっています。スッキリとして、飲み飽きない、アルコール度数5%の軽めのスタウトビールです。

【ベアレン醸造所】
 

・チョコレート スタウトビール

・ミルクチョコレート スタウトビール

 


1005号 2021年3月14日

(168)満寿泉(ますいずみ) リミテッドエデション(LE)
純米吟醸新米新酒生
地酒途中下車 富山ライトレール 
富山港線・岩瀬浜駅下車(富山県)

◆リミテッドエディション(LE)純吟・新米新酒生酒
 酒米の王・山田錦発祥の地とされる兵庫県多可町産の山田錦を使用。元来より、桝田(ますだ)酒造店(満寿【ます】泉【いずみ】)が、山田錦を契約して栽培した酒米です。
 満寿泉リミテッドエディション(LE)生酒は、あえて酒造好適米の最高峰・山田錦の旨味をさわりなく引き出すために、あえて、麹米を50%、掛米を55%と極度に高精白せずに寒造りに低温長期発酵もろみで仕込みました。香味の調和がとれた新米・新酒生酒です。
 出来上がった酒を生のまま瓶詰め。新酒のフレッシュな味わいを気軽に楽しんで頂けます。食中酒としておススメします。富山の地酒「満寿泉」は、霊峰立山連峰の麓でとれる山の幸。立山連峰から鮮烈なる雪解け水が黒部川をつたい深い富山湾に流れ込みます。湾内には、甘えび、ブリ、ホタルイカ、越前カニの漁場となって、氷見の港にもたらされます。ですので、満寿泉は、魚料理にも、肉・鳥料理にぴったりな食中酒なのです。この時期、お鍋料理のお供としても美味しく頂けますよ。
 

◆富山岩瀬湊に銘酒「満寿泉」あり
 江戸時代の街道が整備させると、海路の整備も進みました。海路が一際にぎわいを見せたルートが2つあります。
@日本海側の北前船交易:北海道松前の昆布やにしんを日本海や瀬戸内海を経由して大阪へ運ぶルート
A太平洋側の樽廻船:灘の生一本を江戸まで運ぶルート
「満寿泉」のある富山市岩瀬湊は@の北前交易の湊町として栄えていました。岩瀬には、町屋がならび、料亭や両替商、廻船問屋などが立ち並び、たいへん繁盛したそうです。それを裏付けるように、富山駅から富山港まで、旧国鉄富山港線が建設されていました。現在の富山ライトレールです。
 桝田酒造店の創業は1893(明治26)年。初代・亀次郎が妻と共に北前船に乗って旭川へ。そこで酒造業を興します。明治政府は、北海道開拓の一環として、全国から北海道開拓者を募りました。北海道の原野を切り開いて畑にしたり、牧場にしたり。北海道には日本酒蔵がなく、北前船で本州から運んでくる日本酒を飲んでいました。人口増加とともに現地で醸造されることが求められた時代だったのかもしれません。しかし、本州より極寒の北海道で、日本酒を仕込むことは、当時としては至難の業であったでしょう。
 戦後、1950(昭和25)年に、旭川から故郷・富山へ戻り、酒づくりをはじめました。
 満寿泉が脚光を浴びるのは、吟醸蔵であったことと思います。昭和30年代には吟醸仕込みに取り組んでいました。吟醸用麹づくり=高精白山田錦を原料に、低温長期発酵もろみにより吟醸仕込みをいち早くマスターしたと思います。昭和30年代後半、吟醸という言葉は一般的ではありませんでした。酒であれば、売れた時代です。高精白の米で、低温長期もろみの酒はコストが高くて、それでも桝田は、全体の半分の量、吟醸酒を仕込んでいたそうです。『吟醸の満寿泉』と称されるのはこの時代から来ているのです。

 


1007号 2021年4月11日

(169)BY・酒造年度について

 ラベルに平成○○年BYと書いてあるけど、BYっていったい何?
 普通に飲んでいるお酒ではあまり見かけませんが、年に一度発売される特別なお酒、大吟醸や純米大吟醸クラスになると、ラベルの裏側に「平成○○年BY」と書いてあるのを見かけます。うちのお店にも「BYっていったい何?」というご質問があります。それについてお答えします。
 BYとは、酒造年度のことです。7月1日から翌年6月30日までの1年間を酒造年度(BY)といいます。「Brewery Year」の略。
 生産の見込申告のために、清酒、焼酎乙類、みりん、果実酒の業界がこの期間を使用しています。それに伴い、各メーカーでは、生産計画や醸造の年度の区切りとしています。原料米の割り当てを計画する都合上、昭和40酒造年度からこの期間になったようです。
 そもそも、明治29年に施行された「酒造税法」(現在は酒税法)では「毎年10月1日から翌年9月30日」と定められていました。酒税収入の基本となる酒類の製造数量を把握するのが目的だったようです。戦前は税収で酒税が占める割合が非常に高く、酒税は国を支えていく上で重要な財源でありました。清酒醸造の酒蔵は、9月〜11月ごろに収穫するその年の新米を原料に、10月ごろから酒造りを始めました。10月頃から始まるため、暦年や会計年度を基準にすると、製造期間の途中で年度が代わることになり、税務調査上でも不便であること、また原料の米は秋に収穫されるため、蔵に入る新米の量を基準にして、その年の冬に仕込む酒の製造数量の計画をたてるのに便利がよかったようです。ですので、酒蔵の場合は現在でも、10月1日から翌年9月30日を1酒造年度としている場合が多いようです。
 ラベルに「平成30BY」と書いてあるお酒は、平成30年の秋に収穫した米を原料にして、平成30年〜平成31年の冬に仕込んだ酒ということになります。酒造年度(BY)がうたってあるお酒は他の年度のお酒とブレンドすることなく、その年のお酒100%ですから、ワインでいうヴィンテージ表示と同じ意味があります。
 普通のお酒は、新酒が出来ても、熟成している前年度以前のお酒とブレンドして調合して出荷して、新酒の荒々しい味わいが出ないようにします。新酒が熟成するにつれて、新酒のブレンドを少なくしてゆきます。ですから、ワインと違って、ビンテージの表示をしないのが通常なのです。

 写真は、石川県白山市 菊姫(資)
 10
年氷温熟成酒 大吟醸『菊理媛』(くくりひめ)
 720ml 26,290円(税込)


1009号 2021年5月16日

(170)夏に美味しい日本酒 水芭蕉「翠」純米大吟醸

たいへん素直で清楚な日本酒=水芭蕉『翠sui』 純米大吟醸


【香り】
 白桃、洋梨、青みのあるミントを彷彿される吟醸香があります。香りの奥に、微かにマスカット、ライチのような香りが潜んでいます。とても高貴でエレガントな香りです。

【味わい】
 一言で「旨い!!」。甘味というより蜂蜜を思わせるコクと甘みがまろやかにひろがる。柔らかくてドライであるため、食中酒としてこの酒は料理を美味しくしてくれます。全体的にすっきりとした甘みが、逆に複雑さを増すように思えて不思議な感じがするのです。全体的に優雅な酒ですが、一本芯が真っすぐに通った酒です。

【こんな料理と合わせて欲しい】
・茶碗蒸し ・蒸し物 ・白身魚の塩焼き(タイの塩焼き) ・ダシのきいた鍋料理。

◆永井酒造誕生

 銘酒「水芭蕉」を醸造する永井酒造鰍フ創業は1886年(明治19年)。初代当主は永井庄治氏。信州長野の出身で、群馬県最北部の脊梁の一角・武尊山に降る雨や、降り積もる雪が尾瀬の湿原を通り、大地でゆっくりろ過されます。そして伏流した水はこの地川場村でくみ上げられます。その水は極軟水で、永井庄治は「この水で酒を仕込む」ことを決意したそうです。
 初代・永井庄治氏の「惚れこんだ仕込み水」を守るために、その後、永井は仕込み水のある沢の両側の森を少しずつ買い取り、水源地の環境を守ってきたそうです。現在であれば、「環境保全」ということが理解されるのですが、100年以上も前から、「環境保全型」の酒づくりをこの地で根差してこられたのであります。
 そして、時代を越えて、創業者の想いは現在にもバトンタッチされています。6代目当主・永井則吉は、尾瀬の環境保全活動にも尽力されておられます。
 初代・永井庄治氏の期待に応えるかの如く、永井酒造で仕込まれた酒は、口に含んだ瞬間に、ふわっと膨らみ優しく喉を通り、柔らかでほのかな甘みが広がる繊細で綺麗な酒質に仕上がりました。

◆永井酒造6代目当主・永井則吉さんについて
【経歴】
1972(昭和47)年、群馬県川場村生まれ。東海大学工学部建築学科卒業後、永井酒造に入社。
2013(平成25)年に代表取締役社長に就任。モットーは「酒造りは地域の自然、歴史、文化、あるいは住人の営みがぐっと凝縮されたもの」。趣味はトライアスロン。

 建築家を目指された永井則吉さんは、国内外で学んだ建築の技術を、自分の蔵の建替えで存分に発揮なされました。現在の新蔵は、彼のイデオロギーと知恵を結集させて造られた酒蔵であります。建築という切り口から、日本酒を醸造することを学びはじめられ、日本酒醸造の奥深さを知っていったとのことでした。
 そして、醸造を通じて、伝統と歴史あるワイン醸造のことに触れた時、永井則吉さんは、「酒造りは地域の自然、歴史、文化、あるいは住人の営みがぐっと凝縮されたもの」であることに気づき、代表銘柄である「水芭蕉」や「谷川岳」を造り続けておられます。


1011号 2021年6月13日

(171)夏に美味しいワイン 京都人が醸す和のテースト
丹波ワイン『てぐみ』 マスカットベリーAロゼ・発砲

◆丹波ワインについて〜京都人が醸す和のテースト〜
 丹波ワインの創業は1979(昭和54)年。照明器具メーカー社長であった故・黒井哲夫氏が、海外で駅のホームやカフェで気軽に愉しめるワインの旨さに驚き、そのワインを日本へ持ち帰る。しかし、海外で味わったワインも日本で味わうと何かが違う…。何度試しても同じ結果。そこには「臭い」、「言葉」、「温度」、「湿度」など、歴史が培った食文化が重要であることに気づくのでありました。皆様も同じような、体験をなさったことがあるのではないかなぁ〜と思います。
 故・黒井哲夫氏は、今まで勤めてきた会社を辞め、私財をなげうって自ら日本や京都の食文化に合うワイン造りを目指すのであります。丹波で日本酒の酒蔵をお借りし、ワイン造りを始めました。現在は自社農園を約6ha所有し、丹波の気候に合う葡萄品種を見極めるため約40種類の葡萄を栽培しているそうです。
◆醸造や熟成について
 良質な『マスカット・ベリーA』や『巨峰』、『キャンベル』など香りに特徴のある品種を使用しました。 酸化防止剤を一切使用せず濾過もせず、生詰めで作りました。ぶどう本来の複雑味や果実味、酵母の香りが豊かで、ほんのり濁り、炭酸ガスを感じる蔵からの酌み出しワインです。澱や酵母、酒石などがワイン中に結晶化する場合がございますが、ぶどうの天然の成分です。良く冷やしてから開栓してください。吹きこぼれる恐れがございます。
【香りの特徴】
 さくらんぼやイチゴの果実香、まるでキャンディーのような甘い香り、シナモンのような香辛料も若干感じるが、お花畑にいるような居心地のよさが印象的。
【味の特徴】
 はっきり言って、ビールみたいにグビグビと飲めるワインです。ビギナーの方にもおススメします。特に、肉料理には、ぴったりです。野外で、バーベキューを仲間とやる時に、使っていただけるロゼワインです。

ワインデーター【やや芳醇/やや辛口タイプ】
原料品種 マスカットベリーA
価   格 750ml/1,815円(税込)
製 造 元:丹波ワイン梶@京都府船井郡京丹波町


1013号 2021年7月11日

(172)地酒途中下車 上越線・小出駅(新潟県)
七夕に飲みたい酒 雪洞貯蔵酒「緑」について

 

 新潟県の雪深い郷に小出という地域があります。魚野川の脇に美酒を醸す緑川酒造。その蔵では約25年前からユニークな熟成方法を施して、夏に美味しい酒を世に出しています。その酒は夏至の日に発売され、只今、絶賛発売中です。まさに夏酒の元祖が緑川『緑』です。
・『緑』はさらさらとした雪の如し
 米どころとされる新潟県魚沼。魚野川のほとりに緑川酒造はあります。谷川岳に源を発する魚野川は、魚沼の地を潤し、川の幸を供してくれます。もう少し下流の越後川口で長野から流れ出た千曲川と合流し川の名前を信濃川と改めて日本海を目指すのです。
 魚沼で降る雪は、湿気が少なくサラサラとしています。厳冬期に出来上がった純米吟醸を、一升瓶に壜詰めして、サラサラとした雪の洞窟の中で寝かせます。春になり、夏になり、雪は徐々に溶けていきますが、雪の洞窟の中は常に0℃、湿度約90%をキープします。越後の人は、昔からこの雪の洞窟を「雪室」として、野菜等を保存するために使っていたといいます。電気がない時代の自然の冷蔵庫ということです。そんな自然の冷蔵庫を利用して、じっくり熟成をさせたのが、本日ご紹介する緑川『緑』雪洞貯蔵純米吟醸酒です。
 この酒の味わいは、魚沼に舞い降りたサラサラとした雪の如き香味です。雪洞に寝かせている時に、きっと雪の精が魔法をかけて、サラサラとした香味に変えてしまうのかもしれません。
・『緑』はロックがうまい。
 暑い夏に、美味しいと感じる酒の代表銘柄です。キーンと冷やして、ストレートでも美味しいし、2〜3個、氷を浮かべてロックで飲むのも美味しいです。サラサラとした雪のごとし香味が、キンと冷えた氷の少し溶けた水と馴染み、火照った身体を冷ましてくれる。ひとこと「うまい」…。今年の長くて暑い夏の暑気払いの酒としてオススメいたします。
 

日本酒データー
原料米 麹米:新潟県産/美山錦・五百万石
精米歩合:55%  日本酒度:+3.5
アルコール度数:15.6%  酵母:緑川酵母
価格  720ml 1,815円(税込)
    1800ml 3,630円(税込)
製造元:緑川酒造梶@新潟県魚沼市青島4015番地
最寄駅 JR東日本 上越線・只見線 小出駅下車 旧 長岡藩


1015号 2021年8月8日

(173)夏に美味しいフローズン
果実&日本酒ハイボールの作り方

◆おうちで「簡単」に作れる夏の日本酒・リキュール
 ここ数年前から、うちの妻が、おうちで、夏の暑い時に飲んでいる日本酒リキュールがあります。
・誰でもできる。・手軽にできる。・直ぐにできる。
 と3拍子揃った本格リキュールの作り方をご紹介します。

【用意するもの】
〇純米酒 〇冷やした強炭酸水
〇氷の代わりに好きなフローズン果実(無い場合は、コンビニの冷凍庫で販売しています)これだけです。
【作り方】
グラスに、お好みのフローズン果実を入れる。
純米酒を半分注ぐ。
強炭酸を半分注ぐ。
優しく攪拌する。(強すぎると炭酸が抜けてしまいます)
 これだけです。30秒で完成します。要するに、氷の代わりに、冷凍果実を使用した、日本酒のハイボールです。

【味わいの特徴】
ウヰスキーハイボールと比較して、日本酒ベースだから、口当たりが優しい。
氷を使用しないため、水っぽくなりにくい。
炭酸強め、弱め、と気分でアレンジできる。
甘味を添加していないので、ヘルシー。
 とのことです。お好きな果物が、スーパーなどで安く売られている時に買っておいて、カットして、冷凍庫に入れておけば、直ぐにフローズン果実&日本酒ハイボールが造れます。

※もっと美味しくするポイント
 日本酒は「淡麗・甘口」な上品な酒質のものが、より美味しく仕上がります。
炭酸で割るので、淡麗・辛口のすっきりしたものでは、少し物足りなさを感じます。おススメは、雪中梅の純米酒です。酒だけでも美味しいですが、この酒をベースに作るフローズン果実&日本酒ハイボールは最高!
 フローズン果実で造る日本酒ハイボール・おススメの淡麗甘口おススメ酒。

   【新潟県 雪中梅 純米酒青ラベル】

  原料米 新潟県産 五百万石
  精米歩合 63%
  日本酒度 4.0
  価  格 1800ml  3,180円(税込)
         720ml  1,540円(税込)


1017号 2021年9月12日

(174)分かりやすい日本酒の世界B
小さな巨人「酵母」の話

◆お酒には欠かせない酵母について(アルコール発酵)
 昔むかしは、誰もが酵母の存在を知りませんでした。神がかり的に日本酒(酒)ができるものであると信じていました。明治時代になると、西洋から科学的な学問や技術が入ってくるようになりました。また明治政府は安定した税収の為に酒造の科学的な解明が必要との判断で、イギリスからR.W.アトキンソン先生を迎え入れ 科学的研究を開始しました。アトキンソン先生は、アルコールは、麹菌の胞子が 変化した酵母によって造られると解釈しました。(これは実は間違い)やがて矢部博士により日本酒酵母が発見され、アトキンソン先生の説を覆しました。日本酒に限らず、ワイン、焼酎、どんな酒類でも糖分をアルコールにします。これを醗酵というのですが、糖分をアルコールにするのが「酵母」の役割なのです。
 よく混同するのが「麹」です。麹は菌であるので生き物ではありません。麹菌が造りだす糖化酵素によって、お米などのデンプン質を糖分に変えます。酵母は生き物です。酵母は糖分を体内に取り入れて、アルコールを排出します。その時に得られるエネルギーで生きています。麹菌が造りだした糖を、酵母が食べ、アルコールを造りだしてくれるのです。
糖分(グルコース)→エチルアルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)

◆清酒酵母の姿と大きさ−身体測定 身長と体重
 清酒酵母は、図のように、鶏の卵を縦横ともにギュッとおおよそ1/10,000に縮めたような姿をしています。そう、大きいもので身長?!(長径)が10ミクロン、小さいものは5ミクロン位です。ちなみに、1ミクロンというのは1ミリメートルの1/1,000の長さです。
 では、体重は?太ったのや痩せたものもいるのですが、いかに科学が進んだとはいえ、酵母を1個ずつ体重計に乗せて計るわけにはいきません。皆にいっせいに体重計に乗ってもらい 平均を出すしか方法はありません。前に述べた身長は顕微鏡で見ながら測る「ものさし」マイクロメーターがあるのですが…。200〜300億個の酵母が一緒に体重計に乗るとおおよそ1グラムになりますから、そう、酵母1個の体重はおおよそ33〜50ピコグラムということになります。
 「ピコ」という単位は、「ミリ」が1/1,000、そのまた1/1,000…と小さくなっていくと、順次「ミクロ」「ナノ」「ピコ」という単位になりますので、ピコグラムは1/1000000000000グラムになります。このような微生物が清酒もろみ1グラムの中に1〜2億個いてアルコールを造り続けてくれるわけですから、まさに小さい巨人です。そのパワーには脱帽されます。


1019号 2021年10月10日

(175)分世界B
小さな話

◆ボジョレー解禁
 1980年代から、日本でも、フランス産ボジョレー地方で造られる赤ワインの新酒、ボジョレーヌーヴォーを飲む風習が入ってきました。かれこれ、40年が経過して、年中行事の一つとして定着してきています。手頃に楽しめる価格のものも輸入されはじめ、バリエーションが豊かになってきました。
 今回は、世界中で100ケース=1200本限定!究極のボジョレーヌーヴォーについて書いてみました。

 平均樹齢55年、古木から収穫される房だけで造ったボジョレーヌーヴォードメーヌ デ デュックは、当主のジャックさん、その弟のクロードさん、妹のマリージョーさん、ジャックの奥さん、息子のローランさんの5人だけで、葡萄栽培から、収穫、醸造、貯蔵、瓶詰、冬場の葡萄の苗の剪定など、一貫して家族で行うドメーヌ(※)です。
 ドメーヌ デ デュックは、ボジョレー地方の最北のサン・タムールにあります。花崗岩質土壌の葡萄畑で、出来上がるワインは、しっかりとしたボディーがあり、ローブの色も極めて濃く、長期熟成にも耐えうる赤ワインに仕上がるとされています。
 〜ノン シャプリターゼ(完全無補糖)・わずか1200本の完熟・究極の赤〜ドメーヌが所有する畑は、ボージョレ地方でも指折りの晩熟の栽培地。栽培にはかなりの労力を要しますが,完熟ブドウがもたらす味わいは比類のないものです。誰もいない初秋の畑で摘み取られるデュックのブドウは、ボージョレ地方での収穫のフィナーレを飾ります。一粒一粒に太陽と大地のエッセンスが詰まった特別な果実から極上の葡萄酒が生まれるのです。樹齢55年以上の古木、完全無補糖、総生産本数は僅かに100ケース=1200本と大変希少なワインなのです。

 今年初めて、このボジョレーヌーヴォーを仕入れようと思います。(たぶん熊本初上陸では)
 ワイン醸造をする上で、太陽の光がさんさんと当たる南方の国・イタリア等では、発酵する醪に糖の添加は禁止されていますが、フランスやドイツでは、アルコール度数を上げるために、一定量の補糖が認められています。以外と知られていない事実なのです。
 このボジョレーヌーヴォーに関しては、完全に光合成から生み出された自然の香味を楽しめるワインであると思います。輸入業者の担当者からのメッセージとして「プリムール(※)の新鮮な香りはほのかにしますが,樹齢60年(古木)から生産しますので、色も濃く,香りもプリムールらしく感じないかもしれません。プリムールらしく感じないのが良く、他のプリムールとの差がありお薦めです。」とのことでした。
 今年は、デュックの「幻」のボジョレーヌーヴォーを飲むのがとても楽しみです。

※ドメーヌとは、フランス・ブルゴーニュー地方で、葡萄栽培、ワイン醸造、熟成、瓶詰出荷まで一貫して行う家族経営の酒蔵のこと。ボルドー地方では「シャトー」と表現して区別します。
※プリムール…最初の、とか、新酒を意味します。
 

価格:750ml¥5,340(税別)→¥5,874(税込)
昨年はアルコール度数14度と他のボジョレーヌーヴォーより格段に度数が高い=糖度が高い完熟葡萄で仕込む証拠です。
相性の良い料理: 生ハム、ソーセージ、生牡蠣、チーズ、さわらの西京焼き、ほう葉焼き、そばがき。

追伸。前回、このコラムでボジョレーヌーヴォーの話題を取り上げたのは、No.42 2009(平成21)年11月1日発行でした。12年ぶりにボジョレーヌーヴォーの話題となります。

 

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