緑ヶ丘区  弁護士 衛藤二男


602号 2012年3月25日

(1)高齢者虐待防止法っていう法律を知っていますか?

<事 例>
 「A子(78歳)は認知症と心臓疾患を患って自宅近くの病院へ入院していたが、息子B(53歳)が自分で面倒を見るといって病院から無理矢理に自宅へ連れ帰り、しばらく2人暮らしをしていた。息子Bは無職で、母親であるAの年金を生活費や自分の遊興費に使用しており、家族は他にいない。息子Bは母親Aを週2回、入院していた近くの病院へ通院させていたが、ここ一週間位は病院へは連れて行っておらず、食事も満足に与えることもなく、自宅の居間に寝かせたままでおむつ交換もしていなかった。その結果、Aは栄養失調のうえ、褥瘡(じょくそう)を生じ、更には肺炎をこじらせて死亡した」
 この事例は、私が、Bが刑事事件(保護責任者遺棄致死罪ー刑法第219条)の被告人として起訴された際、Bの国選弁護人として扱った事実を一部簡略化したものです。Bは、この裁判の途中で末期の胃癌であることが判明し、その後2週間ほどして亡くなり、刑事裁判は途中で打ち切りとなって終了しました。       
 私は、この事件を契機として、高齢者に対する虐待行為について関心を持つようになりました。そこで、次回からは、この事例を参考にして「高齢者に対する虐待行為」と「高齢者虐待防止法」という法律について、皆さんに分かり易くお話をさせていただくことに致します。

 

 

 今月から連載を書いて頂く、弁護士の衛藤二男さんをご紹介します。

 2月1日より、それまでの熊本市水道町の桜樹法律事務所から独立して、菊陽町役場の近く菊陽バイパス沿いに法律事務所を開設しました。

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菊陽町原水1157−3 ラ・ブリーズ菊陽104号
衛藤二男法律事務所             
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607号 2012年4月29日

(2)高齢者虐待防止法の成立

 わが国の平成22年10月1日現在の総人口は約1億2806万人、65歳以上の高齢者人口は2958万人、総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)は23.1%であり、超高齢社会といわれています。また熊本県推計人口調査によると、熊本県では、65歳以上の高齢者は46万6千人、高齢化率は25.7%(4人に1人の割合)となっています。ちなみに、菊陽町の高齢化率は16.6%で熊本県下では最も低い高齢化率です。
 このような超高齢社会の中で、高齢者に対する虐待行為が社会問題となっており、平成17年11月に「高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、高齢者虐待防止法といいます。)が成立し、平成18年4月1日から施行されています。

高齢者に対する虐待行為とは

 高齢者虐待防止法第2条は、@身体的虐待、A介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)、B心理的虐待、C性的虐待、D経済的虐待の五つの虐待類型を定めています。
@身体的虐待
 高齢者の身体に対して苦痛を与えたり、傷害を生じさせるような暴行を加えることです。
A介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)
 高齢者の介護や生活の世話をしている人が介護や世話を放棄または放任し、高齢者の生活環境や身体・精神の健康状態を悪化させることです。
B心理的虐待
 著しい暴言をはいたり、高齢者を無視するなどの拒否的態度や威圧的な態度を示したり、嫌がらせをするなどして高齢者に心理的苦痛を与えることです。
C性的虐待
 高齢者本人との合意に基づかない一切の性的行為またはそのような行為を強要することです。
D経済的虐待
 高齢者の金銭その他の財産を不当に又は不適切に使用するなどして本人から不当に財産上の利益を得ることです。

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610号 2012年5月27日

(3)ワンポイントレッスン

《質問》 私の母(78歳)は、特別養護老人ホームに入所しています。最近は認知症の症状が進んでいて、私が面会に行っても誰が来たのかもわからない様子です。母は、以前、弟(50歳)と自宅で同居していましたが、今は自宅に弟が一人で居住しています。母の年金や通帳は弟が管理していますが、弟は、無職のため、母の年金や預金を生活費や遊興費、借金の返済などに使用しており、私が注意しても聞く耳を持ちません。母の年金や預金が弟に使われないようにするには、何か良い方法はないでしょうか。

 《回答》 お母様の生活状況や健康状態からすると、お母様は判断能力を欠いている常況のため財産管理能力がないものと考えられます。このような場合、家庭裁判所に対して、成年後見開始の審判を申し立て、お母様(以下、本人といいます。)のために成年後見人を選任してもらうとよいでしょう。
 成年後見人が選任されると、成年後見人に本人の財産を管理する権限や身上監護権も与えられます(民法第858条、859条)。現在、弟様がお母様の年金や預金を管理しているとのことですが、成年後見人が選任されると、お母様の財産はすべて成年後見人が管理することになりますので、成年後見人が弟様から引渡を受けることになります。
 申立は相談者の方もできますし(民法第7条)。誰が成年後見人候補者として相応しいか、という問題があります。親族が成年後見人に選任されると却って親族間の利害が対立したり、本人の財産管理や身上監護が果たせないおそれも生じることもあります。このような場合は、親族以外の第三者(たとえば、弁護士、司法書士、社会福祉士など)が成年後見人に選任されます。もし、誰を成年後見人にしたらよいかわからない場合でも、家庭裁判所の方で適任者を選任してもらえるので安心して下さい。

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618号 2012年7月22日

(4)法律相談

<質 問>
 私は、現在85歳で、元教師であった夫に先立たれて今は自宅で一人暮らしをしています。子どもは3人いますが、皆家庭を持って県外に居住しています。年金と夫から相続した自宅の土地・建物のほか賃貸用アパートからの賃料収入、預貯金等の財産があります。最近は足腰もだいぶ弱ってきたからか、財産の管理や病気になったときのこと、死亡した後の相続のこと等について不安になり悩んでいます。できれば、これらのことを少しでも頭がしっかりしているうちに解決しておきたいと思っていますが、何か良い方法があるでしょうか。

<回 答>
 任意後見制度の利用と遺言書の作成のふたつが考えられますが、原則として自己の死亡するまでのことを、自分の意思により決めておくことができる任意後見制度について、まずはお話ししましょう。
 任意後見制度は、平成12年4月から施行された「任意後見契約に関する法律」により新しく創設された制度です。任意後見契約というのは、自己(本人)の判断能力がまだあるときに、将来その判断能力が低下して不十分になったときの財産管理や自己の生活、療養看護に関する事務(これらを後見事務といいます)を特定の人(任意後見人といいます)に予め委託し、その事務について代理権を与えておくことを内容とする委任契約のことです。
 任意後見契約では、誰を任意後見人とするか、どのような内容の事務について代理権を付与するかを本人が自ら決定することができますが、必ず公正証書によって契約しなければなりません。また、任意後見契約は、契約を締結してすぐにその効力が発生するのではなく、本人の判断能力が不十分な状況になって家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から、その効力が発生します。任意後見契約には、本人の健康状態や判断能力に対する不安の程度、財産管理や療養看護の必要性、緊急性等に応じて、@将来型、A即効型、B移行型の3つの契約形態があります。
 それぞれの契約形態の内容や任意後見契約を巡る問題点、遺言書については、次回以降に引き続いてお話ししましょう。

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相談日は、予約時に決定します。相談場所は、衛藤二男法律事務所。
相談時間は一回当たり30分までとし、その相談料は無料です。相談時間が30分を超えるときは有料となり、30分を超える毎に5250円(税込み)の相談料です。

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626号 2012年9月23日

(5)任意後見契約

 前回は、任意後見契約には3つの契約形態があることをお話ししましたので、今回は、この3つの契約形態についてお話ししましょう。

1.将来型」の任意後見契約
 これは任意後見契約を締結するときに、財産管理や自己の生活、療養看護についてすぐに後見的な支援を必要とする状態ではなく、将来の判断能力の減退に備えるためにとられる契約形態です。

2.「即効型」の任意後見契約
 これは、契約を締結する判断能力はあるが、本人の健康状態如何によっては判断能力に支障が生ずるおそれがある場合に、すぐにでも任意後見監督人選任の申立てを家庭裁判所へすることにより、速やかに任意後見人としての支援を開始して貰う契約で、財産管理や療養看護の必要性・緊急性が高い場合などに利用されます。

3.「移行型」の任意後見契約
 これは、判断能力が減退した時に備えての任意後見契約と共に、財産管理や療養看護などに関する委任契約を同時に締結しておき、契約締結の時から、委任契約の受任者に財産管理などに関する事務を委任しておき、自己の判断能力が減退した時には任意後見監督人選任の申立をして貰い、以後は任意後見人として支援して貰うものです。この形態では、判断能力があるうちは通常の委任契約に基づいて、判断能力の低下後は任意後見契約に基づいて財産管理などの支援を受けることになります。
 このように任意後見契約は、自己の判断能力があるときに、将来の不測の事態に備えて、あらかじめ任意に後見人となる人を選定しておき、その人に判断能力が低下したときに後見監督人選任の申立をしてもらい、任意後見監督人が選任された時から効力が生ずるというものです。判断能力の減退・低下の程度、財産管理や療養看護の支援の必要性・緊急性等により、前記のように3つの形態があります。
 この中でも、「移行型」といわれる任意後見契約については、実際上、いくつかの問題点が指摘されています。これについては、次回にお話ししましょう。


635号 2012年11月25日

(6)将来型の任意後見契約

 前回に引き続いて、任意後見契約のお話です。今回は、その契約形態の一つである「将来型の任意後見契約」についてのお話です。
 任意後見契約は、委任者(事務を委託する人)が、受任者(事務の委託を受ける人のことで、契約の効力が生じるまでは任意後見受任者、効力が生じた後は任意後見人といいます)に対して、精神上の障害により物事の判断能力が不十分になったときに備えて、自分の生活や療養看護、財産管理に関する事務を委託し、その委託した事務について代理権を与えるという委任契約で、公正証書によって契約しなければなりません。またこの契約は、家庭裁判所により任意後見監督人が選任されたときから効力が生じます。
 任意後見契約は、このように、契約を締結してからその効力が生じるまで(契約成立後、委任者の判断能力が不十分になって任意後見監督人が選任され、契約の効力が発生するまで)の間、一定の時間的間隔が生じるのが通常です。
 契約成立後から契約の効力発生までの一定の間、委任者において自ら委任の対象となっている事務(財産管理など)をすることができ、かつそれで不安がないのであれば、早期に契約の効力を発生させる必要がない(緊急性がない)場合であり特に問題は生じません。このように、まさに将来の精神上の障害により物事の判断能力が不十分になった時のみを想定して締結された任意後見契約を「将来型」任意後見契約と呼んでいます。
 ところで、受任者は、委任者が精神上の障害により物事の判断能力が不十分な状況にあるときは、家庭裁判所に対して任意後見監督人の選任申立を請求することができるほか、本人の利益のために特に必要があるときは、後見開始の審判などの申立をすることもできます。
 しかし、前述の通り「将来型」任意後見契約は契約の成立とその効力発生までの間の時間的間隔があることから、契約締結後に受任者と委任者との接点が乏しくなり、受任者が委任者の健康状態や生活状況、判断能力などの程度や変化を把握することが困難となり、せっかく受任者に委任者のために任意後見監督人選任の請求などが認められているのに、その機会を失うおそれがあります。
 そこで「将来型」任意後見契約では「見守り契約」を併せて締結しておき、受任者に委任者の日常の生活状況の見守りをしてもらい、任意後見開始の機会を失わないようにしておくことが肝要です。


643号 2013年1月27日

(7)移行型任意後見契約

 今回は「移行型」の任意後見契約についてです。「移行型」の任意後見契約は、委任者(事務を委託する人=本人)が財産管理などに関して通常の委任契約を締結してその時から受任者へ財産管理などの事務を委託すると共に、将来において自己の判断能力が低下したときは、公的機関の監督を伴う任意後見契約によって受任者に事務処理をしてもらうという契約です。つまり、本人の判断能力が低下する前の事務処理は通常の委任契約により、また、本人の判断能力が低下した後は任意後見契約によって、受任者(任意後見人)に財産管理などの事務を処理してもらうというものです。
 「移行型」の任意後見契約において、通常の委任契約から任意後見契約への移行は、本人の判断能力が低下したときに、本人、配偶者、四親等内の親族、または任意後見受任者(任意後見人になることが予定されている人)が家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申立て、家庭裁判所により任意後見監督人が選任されて任意後見契約が効力を発生することにより行われます。
 今現在は判断能力があるが自己の財産を自ら管理することに不安があるので、信頼できる人に通常の財産管理等に関する委任契約を締結してその事務処理を委託し、併せて将来の判断能力の低下したときの財産管理等についても備えておきたいという場合には、この「移行型」の任意後見契約が有効です。
 契約としては、通常の委任契約と任意後見契約の2つから成り立っていますが、契約書としては1通の契約書(ただしこの場合は、公正証書による)でする場合と通常の委任契約書のほかに任意後見契約書(これは公正証書による)の2通を作成する場合があります。
 なお「即効型」の任意後見契約といって、任意後見契約の締結直後に、本人または任意後見受任者等が直ちに家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申立て、その選任により任意後見契約の効力を生じさせるものもあります。
 次回からは、遺言についてお話していきます。


652号 2013年3月31日

(8)遺言のはなし@ 〜遺言の種類〜

 遺言書には、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言などがありますが、それぞれどのような違いがあるのでしょうか。
「遺言」という言葉は、広くは「死に際に残す言葉、人が死後のために残す言葉」ですが、法律的には、遺言をする人の単独の法律行為(遺言をする人が自己の死後において法律上の効果を発生させる意思表示)です。法律上の効果が発生するのが死後であるために、できるだけトラブルが発生しないように、遺言の方式・要件が厳格に定められています。
 遺言には大きく分けて、普通方式と特別方式の2つがあり、特別方式の遺言は、たとえば、伝染病で隔離されている場合や船舶乗船者、遭難船舶に乗船中に死亡の急迫状況にある人などがする遺言方式です。
 今回取り上げる自筆証書遺言と秘密証書遺言と次回取り上げる公正証書遺言は、普通方式の遺言です。

●自筆証書遺言
 自筆証書遺言は、遺言者が遺言書の全文、日付、遺言者の氏名を自ら記載して押印しなければならず、また、遺言書の加除・訂正などをする場合は、遺言者がその場所を指示してこれを変更したことを付記して署名し、かつ、その場所に押印しなければなりません(民法967条)。この要件を満たさないと、自筆証書遺言としての法律上の効力が発生しません。自筆証書遺言は、誰にも知られないように作る遺言であり、証人や立会人等は一切不要です。

●秘密証書遺言
 次に秘密証書遺言は、遺言者本人が遺言内容を自ら記載する必要はありませんが、遺言書の署名・押印は自らしなければなりません。また、遺言者が自ら当該遺言証書を封じて、その証書の作成に使用した印章で封印しなければなりません。更にその遺言書を公証人及び証人2人以上の前に提出して、それが自己の遺言書であることと筆記者の氏名・住所を申述すると共に、公証人がその証書の提出を受けた日付及び遺言者の申述を封紙に記載し、遺言者と証人が共にこれに署名・押印することになります。加除・訂正の方式は、自筆証書遺言と同じです(民法970条)。
 自筆証書遺言も秘密証書遺言も、いずれも保管するのは自分ということになりますので、保管場所の失念・紛失等のおそれがありますが、公正証書遺言に比べて、そのほかにもいろいろと問題があります。これらのことについても次回以降に触れることにします。


660号 2013年5月26日

(9)遺言の話A 〜自筆証書遺言の問題点〜

 自筆証書遺言は、前回も述べたように、誰にも知られないでこっそりと作成することができるという点では便利ですが、逆に言えば、その分、以下に述べるような問題点も多いのです。 
 まず、「誰にも知られないでこっそりと」ということですから、遺言書を作成した本人が秘密にしすぎて自分自身でどこに保管したか忘れてしまうおそれがあります。遺言書のあることを知っている人が本人以外に殆どいないので、本人が死亡すると遺言書があることすら知られないままになってしまいます。たまたま遺言されていることがわかったとしても、相続人に勝手に書き換えられる危険性(偽造、変造の危険性)があります。
 また、同居している推定相続人、たとえば、長男や長女が、遺言者(遺言をしようとする親)に対して、自分にだけ全財産を相続させないと老後の面倒は看ないといって強制的に遺言書を作成させるとか、あるいは全財産を自分に相続するように遺言をしてくれれば家業を継いでも良いなどとそそのかして遺言書を作成させるなど、遺言しようとする親をだましたり脅迫したりして遺言書を作成させ、それを取り上げて自分で保管するという場合もあります。
 また、自筆証書遺言は、その様式が厳格ですから、その様式を備えていないとその有効性が争われることが多く、前述のように偽造・変造の危険性が高いために、相続人間で遺言の真偽をめぐって訴訟になり易いです。
 更に、自筆証書遺言は、その保管者または保管者がいないときはその発見者が相続の開始を知った場合は、遅滞なくこれを家庭裁判所へ提出して検認を受けなければなりません(民法第1004条1項)。遺言書が封印されている場合は勝手に開封してはならず、必ず家庭裁判所において相続人又はその代理人が立ち会った上で開封しなければなりません(民法第1004条3項)。
 このように、自筆証書遺言は、多くの問題点を抱えています。そこで、遺言者の真意を確保すると共に、遺言をめぐる紛争と遺言書の偽造や変造をできるだけ防止するという観点からその方式が厳格に要求されているのです。
 次回からは、遺言するには最も安全・確実と言われている公正証書遺言について、できるだけ詳しくお話します。


669号 2013年7月28日

(10)遺言の話B 〜公正証書遺言〜

 今回からは、遺言の方式の中で最も安全で確実と言われている「公正証書遺言」についてのお話です。

@公正証書遺言は、安全・確実である
 自筆証書遺言や秘密証書遺言は遺言する者が自ら遺言書を作成するものですが、公正証書遺言は、公証人法という法律によって法務大臣から任命された公証人が同法に基づいて作成する公正証書による遺言です。公証人は原則として法曹資格を有する者(裁判官・検察官・弁護士)の中から任命され、国からの監督を受け、一定の厳格な要件に従って公正証書を作成します。また、公正証書遺言の原本は、公証人役場で保管されますので、遺言書が紛失したり偽造・変造されたりする危険もありません。
 その意味で、公正証書による遺言は証拠力があり、後に紛争の種になるような問題点が発生する余地の少ない最も安全で確実な遺言方式です。

A公正証書遺言を作成するには、どこに行けば良いのでしょうか
 「公証人役場」って、聞いたことがありますか?公証人役場というのは、公証人が職務を行う場所であり、法務大臣が指定した地において公証人役場を置かなければなりません。熊本には、熊本市中央区九品寺に「熊本公証人合同役場」、八代市松江城町に「八代公証役場」、天草市諏訪町に「天草公証役場」の3つの公証人役場があります。公証人役場には管轄というものがありませんので、住所地と関係なくどこの公証人役場でも利用できます。

B費用はどれくらいかかるのでしょうか
 公証人へ遺言書などの公正証書の作成を依頼する場合は、政令である「公証人手数料令」で定められた一定の手数料(これには消費税はかかりません)を支払わなければなりません。手数料にはいくつかの種類があり、その算定方式も決められています。遺言公正証書の作成手数料は、遺言により相続させ又は遺贈する財産の価額を基準として、相続人や受遺者毎にそれぞれ手数料が算定されますが、詳しいことは、最寄りの公証人役場で確認して下さい。
 このように、手数料の点においても厳格に決められていますので安心ですね。
 遺言公正証書のお話は次回も続きます。


676号 2013年9月22日

(11)遺言の話C 〜公正証書遺言2〜

 前回に引き続いて、公正証書遺言についてのお話です。今回は、公正証書遺言をする場合の具体的な手続や事前に準備すること、必要書類等についてのお話です。

1.遺言するときの具体的な手続について
 公正証書遺言は、遺言者が原則として公証人役場へ出向き、証人2人以上の立会いの下で、遺言の趣旨・内容を公証人の前で口授し(口頭で述べて伝えること)、公証人がそれを確認して書面に作成し、その結果を遺言者と立会人に読み聞かせ、または閲覧させて、公証人の記載した遺言の趣旨・内容が正確なことを承認し、遺言者と証人が署名し押印をします。その後、公証人が、当該公正証書が法定の方式に従って作成されたことを付記して署名・押印することで完成です。遺言者が病気などで公証人役場へ出向くことが困難な場合は、公証人に出張してもらうこともできます。また、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその理由を付記して署名に代えることもできます。

2.事前の準備(その1)
 まずは、遺言者が遺言の趣旨・内容を確定させておくことです。そのためには、相続の対象となるべき遺産の種類(不動産、有価証券、預貯金等)や具体的な内容はもちろんのこと、相続人やそれ以外で遺言で遺産を分ける予定の者、相続人から廃除したい者等、遺言によって利益・不利益を受ける人を確定させておくことが必要です。更に、それぞれの遺産を誰にどのように相続させるかといった相続配分の方法等も決めておくべきです。スムーズに手続を進めるためと遺言内容が不明確になることを防止するためです。
 遺言の趣旨・内容を確定するためには、出来るだけそれを書面に記載して自ら確認したあと、作成を依頼する公証人に事前に確認してもらうのが良いでしょう。もし、遺言の趣旨や記載内容が不明の時は公証人からの指摘で早期に訂正ができるからです。特に、不動産や預貯金その他の遺産については、登記事項証明書、通帳等で確認しておくことが肝要です。
 2人の証人(民法上は「2人以上」となっていますが、2人で足ります)についても事前に了解を得ておくことになります。しかし、未成年者、推定相続人及び受遺者並びに受遺者の配偶者及び直系血族は、証人にはなれませんので、注意が必要です。証人は、遺言書作成時の立会人として住所、氏名、生年月日、職業が記載されますので、事前に確認してメモしておいた方が良いでしょう。
 遺言執行者(遺言の内容を実行してくれる人)が必要となる場合は、証人の場合と同様にその人の氏名、住所等を確認してメモしておくのが良いでしょう。

 次回は、事前の準備(その2)として、実際にどのような書類が必要とされているかをお話しします。


685号 2013年11月24日

(12)遺言の話D 〜公正証書遺言3〜

 公正証書遺言についての最後のお話です。今回は、事前準備ということで、前回に続き具体的にどのような書類などが必要になるかをお話します。

1.実印・印鑑証明書
 遺言をする本人については、本人の実印と印鑑証明書(1通)が必要になります。また、立会人となる証人2名が必要ですが、この証人の認印が必要です。
 印鑑登録をしておらず、かつ市町村役場へ印鑑登録に行くことができないほど重篤な病のため遺言公正証書を作成するのに間に合わないような場合は、公証人の面識のある人(たとえば、立会証人を予定している弁護士、司法書士、行政書士など)が本人であることを証明することで、印鑑証明書に替えることができます。

2.戸籍謄本、住民票など
 遺言に関係する人(遺言者、推定相続人や受遺者など)の身分関係や同一性などの正確を期するために、戸籍謄本や住民票謄本が必要になります。なお、戸籍謄本は、平成6年法務省令第51号附則第2条第1項による改製で「全部事項証明書」に変更されていますので、遺言者との関係(親子関係)を示す書類としては、現在の全部事項証明書の外に改製原戸籍も必要になる場合があります。いずれにせよ、戸籍関係は、専門家である弁護士や司法書士、行政書士に依頼できます。

3.遺言の対象となる財産関係の書類
不動産(土地や建物)の場合は、登記簿謄本(現在では、登記事項証明書といわれています)と固定資産評価証明書が必要です。登記簿謄本は遺言の対象となる不動産を正確に特定するため、固定資産評価証明書は作成手数料算出の資料とするためです。登記簿謄本(登記事項証明書)は法務局で、固定資産評価証明書は市町村役場でそれぞれ交付を受ける事ができます。
預貯金がある場合は、預貯金の通帳。これも遺言の対象となる預貯金を正確に特定するために必要です。預貯金通帳自体を公証役場へ提出する必要はなく、提示して確認して貰うか、又は写しを提出することで足ります。
有価証券(国債、株券など)があれば、それらを特定するに足りる有価証券の発行会社名、取扱証券会社名、記号・番号などがわかる証券の写し。そのほか、遺言の内容で特定する必要がある動産類、たとえば、貴金属などで鑑定書があればその写し。

4.その他
 遺言者本人が病気で公証役場に赴くことができないときは、公証人に自宅又は病院へ出張してもらうこともできますが、病気の重い遺言者については、予め医師の診断書(遺言者の意識に問題がないことの診断書)を用意しておくのが良いでしょう。


694号 2014年1月26日

(13)相続の遺留分

 今回からは、遺言における具体的な問題点についてお話ししていくことにしますが、第一回目は「遺留分」です。

〈事例〉
 被相続人である甲には、相続人である長男A、長女B、二女Cがおり、甲の妻は既に他界している。長男Aは、父甲と同居して長年にわたって家業を手伝い、また、結婚後も夫婦で甲と同居して生活を共にしてきた。他方の長女Bや二女Cは高校、大学をそれぞれ卒業後は、嫁いで他県に居住している。
 甲は、不動産(甲死亡当時の評価額は3000万円、遺産の評価時期については争いがあるが、本件では評価時期による差はないものとする)のほか定期預金(4口、額面合計1500万円)を所有しており、生前、公正証書による遺言をしていた。それによると、長男Aに不動産と定期預金の一部を相続させ、長女Bと二女Cには定期預金の中から各300万円を相続させる、というものであった。

〈遺留分とは〉
 まず、上記の事例で各相続人の法定相続分をみてみましょう。遺産の合計額は4500万円、3人の子の相続分は平等ですから各自3分の1、したがって、A、B、Cの各法定相続分は1500万円となります。しかし、前記の公正証書遺言に従うと、長男Aの相続分は不動産(3000万円)のほか定期預金(1500万円からB、Cの取分合計600万円を控除した残額900万円)の合計3900万円、長女Bと二女Cは各300万円となります。 
 そもそも、「遺留分」とはどういう意味でしょうか。
 被相続人は、本来、自己の財産を自由に処分できるのが原則であり、遺言によりその処分をすることも自由です。しかし、民法は、被相続人と一定の身分関係にある相続人の生活保障、財産(遺産)形成に対する貢献等を考慮して、被相続人の遺産に対する処分の自由に制限を加え、遺産に対する一定の割合を相続人に保障する制度として設けたのが遺留分制度です。このように、遺留分は、遺留分権利者全体が遺産の全体に対して保障されている「一定の割合」のことであり、特定の遺産に対する権利ではありません。

〈遺留分権利者と遺留分の割合〉
 では、遺留分が認められる相続人や、その一定の割合というのはどのようになっているでしょうか。
 遺留分を認められている相続人を遺留分権利者といい、被相続人の配偶者、子、子の代襲相続人、相続欠格や廃除における代襲相続人、直系尊属ですが、被相続人の兄弟姉妹には遺留分はありません。また、各遺留分権利者の遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人の場合は被相続人の財産の3分の1、それ以外の相続人の場合は2分の1とされています(民法1028条)。


702号 2014年3月23日

(14)相続の遺留分A

 前回に引き続いて、「遺留分」のお話です。事例は、次の通りでした。
 被相続人である甲には、長男A、長女B、二女Cがおり、甲の妻は既に他界している。長男Aは父甲と同居して長年に亘って家業を手伝い、結婚後も夫婦で甲と同居して生活を共にしてきた。他方、長女B、二女Cは高校、大学を卒業後は嫁いで他県で生活している。甲の遺産は、不動産(3000万円相当)と定期預金4口合計1500万円。甲は公正証書遺言をしており、それによると、長男Aには不動産と定期預金の一部を、長女Bと二女Cには定期預金の中からそれぞれ300万円を相続させる、となっている。

●本件公正証書遺言と遺留分の関係
 まず、本件公正証書による遺言は、遺留分権利者である長女や二女の遺留分を侵害しているでしょうか。被相続人甲の相続人は、子A、B、Cの3名だけですから、3名の遺留分権利者の各遺留分は、遺産総額(4500万円)×1/2(総体的遺留分:遺留分権利者全体に帰属する相続財産部分)×1/3(法定相続分)=750万円となります。他方、公正証書による遺言では、長女Bと二女Cは300万円ずつの相続ですから、450万円(750万円−300万円)に相当する部分について各自の遺留分が侵害されていることになります。

●遺留分減殺請求権
 では、長女Bや二女Cは、侵害されている遺留分をどうすれば、回復できるでしょうか。この点について民法1031条は、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び…贈与の減殺を請求することができる。」と規定しています。具体的には、遺留分を侵害されているBとCは、遺留分を侵害して遺贈を受けている長男Aに対して、各自が遺留分を侵害されている450万円の限度で遺贈を減殺します、という意思表示をすることになります。この意思表示は、通常は内容証明郵便で行うのが確実です。

●遺留分減殺請求権の行使
 遺留分減殺請求権は、その意思表示をすることにより法律上は当然に減殺の効力が生ずるとされています(判例)。したがって、減殺の結果生じた権利関係を前提として、通常は、家庭裁判所に対して調停の申立てをします。遺留分減殺請求は家事審判事項ではありませんので、調停が成立しないときは審判には移行しません。その場合は、訴えを起こすことになります。

●遺留分減殺の方法
 遺留分減殺請求の結果発生する返還請求権の対象は、原則として現物返還主義ですが、受遺者・受贈者は、減殺を受ける限度で、贈与または遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還義務を免れることができます(民法1041条)。また、遺留分権利者からも価額弁償の請求をすることも認められています(判例)。
 事例にも関連しますが、次回は「寄与分」ということについてお話する予定です。


702号 2014年3月23日

(15)相続の寄与分@

 今回は、「寄与分」についてのお話です。前回のワンネス3月23日号の事例では、「被相続人甲の長男Aは、父甲と同居して長年に亘って家業を手伝い、結婚後も夫婦で甲と同居して生活を共にしてきた」とありましたが、この点は、相続においてどのように評価されるのでしょうか。また、長男Aは、父甲から遺言により不動産(3000万円相当)と定期預金の一部をもらえるようになっていますが、これは、どう評価されるのでしょうか。
 まず、寄与分の意味です。寄与分とは、@共同相続人の中に、A被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により、B被相続人の財産の維持又は増加に『特別の寄与』をした者があるときは、Cその者の寄与分(言い換えれば、「貢献度」の評価分)を相続財産から控除したものを相続財産とみなしてその者の相続分を算定し、その算定された相続分に寄与分を加えた額をその者の相続分とする(民法904条の2第1項)、という制度です。共同相続人間の実質的な公平をはかる制度です。@ないしBは寄与分が認められる実質的な要件であり、Cは寄与分が認められた場合の効果です。
 長男Aが「父甲と同居して長年に亘って家業を手伝い、結婚後も夫婦で甲と同居して生活を共にしてきた。」という事実が前記のA及びBに該当するかどうかが問題となります。被相続人の事業としては、通常、農林漁業、商工業(商業や製造業)等が考えられます。長男Aが手伝ってきた父甲の家業もこれに該当することが考えられます。しかし、このような事業でも会社等の法人形式で事業が行われており、その従業員、役員等としての労務を提供していた場合は、それは会社等の法人に対する貢献であり、「被相続人の事業に関する労務の提供」とはいえません。ただし、法人形式であっても実質上は被相続人の個人経営であり給与・報酬も実際もらっていなかった場合は、被相続人の事業に関する労務の提供と認められる余地はあります。
 次に、長男Aの家業の手伝いによって被相続人甲の財産の維持又は増加に「特別の寄与」があったと認められることが必要です。「特別の寄与」とは、貢献の程度が「被相続人との身分関係から見て通常期待される程度を越えている」ということです。夫婦間の協力扶助義務や親族間の扶養義務・互助義務の範囲内の行為は、特別の寄与ではありません。Aの家業手伝いの程度がそのような義務の範囲を超えていると認められるには、Aの労務(家業手伝い)に対してほとんど待遇がされていないか、あるいは通常の待遇(賃金、報酬)と比べても著しく低いと認められることが必要です。(次回に続く)


719号 2014年7月27日

(16)相続の寄与分A

 おさらいですが、寄与分というのは、共同相続人の中に被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により、被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をした者がいる場合、その相続人に対して、共同相続人間の実質的な公平をはかる趣旨から、まず、その者の寄与分を相続財産から控除する。次に控除後の相続財産を分割の対象となる相続財産とみなしてその者の相続分を算定する。そうして算定された相続分に寄与分を加えた額をその者の相続分とするという制度でした。
 では、寄与分の算定は具体的にはどのようにされるのでしょうか。寄与分算定の具体的な方法は・・・
@相続財産全体に占める寄与分の割合を定める方法
A寄与分に相当する金額を定める方法
B相続財産のうちの特定の遺産をもって寄与分とする方法

もちろん、寄与分の算定は共同相続人間の協議ですることができます。しかし、協議が調わない場合や協議をすることができない場合は、家事調停を行い、調停不成立の場合は、家庭裁判所の審判によって決定されます。
 ところで、長男Aは、被相続人甲から遺贈により多額の遺産を取得することになっています(3000万円相当の不動産の外に定期預金の一部を遺贈されている。)。他方で、前回に検討したことからAに寄与分が認められる可能性もあります。しかし、他の相続人との遺言による遺産の取得関係も考慮すると、Aにとってかなり有利な内容になっているのは、被相続人がAの貢献に報いるために貢献の程度を遺言に反映させているものと認められます。すなわち、本件の事例では、本来は寄与分として認めても良い事を既に遺言で反映しているので、それ以上に改めて、寄与分を認める必要性はないと考えられます。
 仮に、Aへの遺言内容が他の2人の相続人と平等・均等であった場合は、Aの被相続人への貢献を寄与分として評価しなければ相続人間の実質的な衡平が図られませんので、その場合は、寄与分が認められる可能性は大きいでしょう。
 Aに寄与分が認められる場合、長女Bや二女Cには、前々回にも検討した通り、被相続人の遺言にはBとCの遺留分が認められていましたので、寄与分と遺留分との関係が一応問題になります。すなわち、Aに寄与分が認められたとして、その額を定めるについて、BやCの遺留分を侵害するような寄与分が認められるかという問題です。これについては、寄与分の制度は相続人間の衡平を図る制度であるから遺留分によって当然に制限されるものではないが、裁判所が寄与分を定めるにあたっては、他の相続人の遺留分についても考慮するべきである、と言うのが裁判例です。
 寄与分制度は、遺産分割における相続人間の衡平を図る制度ですが、相続人間で問題になることがよくあります。同じように相続人間の衡平を図る制度として「特別受益」があります。次回は、特別受益についてのお話です。

衛藤二男法律事務所 282−8251


727号 2014年9月28日

(17)特別受益

 今回は「特別受益」についてのお話です。 簡単な事例で考えてみましょう。
  被相続人甲が5,000万円の遺産を残して死亡した。甲には妻であるA、長女B、長男C、二女D、三女Eがいる。甲は、生前長男Cに事業資金として500万円を、長女Bには婚姻に際して持参金として300万円を贈与しており、二女Dには定期預金400万円を遺贈している。
  この場合、各相続人の具体的な相続分はどうなるでしょう。
  まず「特別受益」ということの意味です。「特別受益」とは、共同相続人の中に、被相続人から遺贈や贈与を受けた者がいた場合、この相続人と遺贈や贈与を受けていない外の相続人との間の実質的な衡平を図るために、被相続人が相続が開始した時において有していた財産の価額に、その「贈与」の額を加えたものを相続財産とみなし、その相続財産(これを「みなし相続財産」といいます)を各相続人の法定相続分によって配分し、その額から既に遺贈や贈与を受けている相続人の贈与分だけを控除した額をもって、その者の具体的な相続分とする、という制度です。ここで注意しなければいけないのは「みなし相続財産」の確定では、相続の開始時に存在する財産の価額に加えるのは相続人が受けた「贈与」の額であり、遺贈の額は加えないということです(民法903条1項)。
  この「特別受益」という制度を先の事例に当てはめて各相続人の具体的相続分を計算してみましょう。
  まず、各相続人の法定相続分は、被相続人の妻Aは2分の1、長女ら4人の子は各自8分の1(1/2×1/4=1/8)です。
  そこで、前記の「みなし相続財産」ですが、5,000万円+(500万円+300万円)=5,800万円となります。
  これを各相続人の法定相続分で計算すると、 
  妻甲は5,800万円×1/2=2,900万円
  長女A 、長男C、二女D、三女E は
  それぞれ5,800万円×1/8=725万円
となります。
  しかし、前記の通り、長女B、長男Cは生前贈与をうけており、二女Dは遺贈を受けていますから、各相続人の具体的相続分は以下のようになります。
  妻Aは2,900万円(贈与・遺贈を受けていないから、法定相続分そのまま)
  長女Bは725万円−300万円=425万円 
  (300万円は贈与を受けている)
  長男Cは725万円−500万円=225万円
  (500万円は贈与を受けている)
  二女Dは725万円−400万円=325万円
  (400万円は遺贈を受けている)
  三女Eは725万円(贈与も遺贈も受けていないので、法定相続分に相当する額)
となります。
  このように、「特別受益」という制度は、共同相続人間の実質的な公平を図る制度ですが、被相続人が、特別受益を受けた者の受益分を持ち戻ししなくても良いという意思表示をしているときは、持ち戻し計算をする必要はありません(民法903条3項)。


735号 2014年11月23日

(18)相談@

【相談】
 私は3人兄姉妹の長女です。先日父が自宅で亡くなりました。父は私達の母とは再婚で、母は健在です。父からは、離婚した前妻との間に子が一人いるということを聞いたことがあります。父の遺産としては、自宅の土地・建物や賃貸しているアパート2棟のほか、銀行預金等がありますが、そのほかにアパート建築時のローン残やサラ金からの借金もあります。また、兄は父とは仲が悪く、父に暴力を振るったことでたびたび警察沙汰になったこともあり、そのことで、父は、生前、兄には相続させないということをよく口にしていました。
 そこで、父の相続をどうしようかと悩んでいるのですが、遺言はありません。父の借金は引き継ぎたくありませんし、相続で争うのもできれば避けたいと思っています。
 相続に際して、どのような点に注意すれば良いかを教えて下さい。

【回答】
 相続においては、大きく分けて2つの問題点があります。誰が相続人かという問題と相続される遺産にはどのような財産(これには被相続人の負債も含まれます)があるかという問題です。
 まず、誰が相続人かということですが、これについては、民法886条以下で定めており、配偶者と一定範囲の血族となっています。これを法定相続人といいます。
 誰が法定相続人になるかは、戸籍謄本(戸籍に関する全部事項証明書)や除籍謄本等により決定されますので、これらの書類を本籍地を管轄する市町村役場から取り寄せておくことが必要です。特に、ご相談の事例では、お父様が前妻との間に子どもさんがいるということを話していたということですから、その子どもさんに関する戸籍関係も調査する必要があります。
 しかし、法定相続人に該当しても相続人としての適確性に問題があって相続人として認めることができない場合は、相続欠格事由により相続人になることができません(891条1〜5号)。たとえば、故意に被相続人や自分と同順位もしくは先順位にいる者を死に至らせた、または死に至らせようとしたことで刑に処せられた者や被相続人の遺言書を偽造・変造したり、破棄または隠匿した者などです。また、遺留分を有する推定相続人(民法1028条)が被相続人に対して虐待等の著しい非行を働いた場合には、推定相続人から廃除されることもあります(892条以下)。
 本件では、生前、お兄様とお父様との間で警察沙汰になるような出来事があったようですが、お兄様に相続人の欠格事由(民法891条1〜5号)に該当する事由があったとまでは言えないようです。また、推定相続人の廃除(民法892条、893条)もお父様が生前にその手続を取っておられませんし、推定相続人の廃除の遺言書もないようなので難しいと思われます。
遺産の調査に関しては、次回に扱います。

衛藤二男法律事務所 282−8251


744号 2015年1月25日

(19)相談A

 前回の相談事例を前提に、今回は、相続における遺産の調査について、お話ししましょう。
まず前回の相談事例の確認ですが、相談者のお父様が被相続人であり、その遺産としては、@自宅の土地・建物、A賃貸しているアパート2棟、B銀行預金、Cアパート建築時のローン残、Dサラ金からの借金があります。
 ところで、相続は、被相続人の遺産すなわち資産と負債を含めて相続することですから、相続に際しては、資産と負債の両方を調査することが必要です。
 なぜなら、相続人は、単純承認をすれば被相続人の遺産(資産と負債)をすべて相続します(民法920条)が、負債が資産を上回っている場合は、相続することで不利益を受ける場合があります。その場合は、相続によって得た財産の限度において被相続人の債務や遺贈を弁済することを留保して相続を承認する限定承認(民法922条以下)や、相続放棄を資産のみならず負債も相続しないこともできます。したがって、単純承認、限定承認、相続放棄の判断をするには、遺産の内容(資産と負債)を調査しておくことが必要となるのです。

【資産の調査】 資産には不動産(主として土地・建物)、動産(自動車・貴金属類等)、有価証券(株式・国債等)、現金・預貯金、貸付金、賃料・借地料等がありますが、相談事例では、自宅不動産と賃貸しているアパートおよび賃料、銀行預金が資産となります。
 不動産の調査としては、固定資産税の関係で市町村役場の固定資産税課で不動産に関する台帳で確認後、法務局(いわゆる登記所)で登記事項証明書の交付を受けることができます。賃貸しているアパートについては、賃料債権(借りている人に対する毎月の賃料請求権)が相続財産になりますが、賃貸借契約書により相手方や賃料を確認できます。銀行預金は、通帳により確認できますが、通帳がない場合は銀行に照会して確認できます。その際は、被相続人との関係を示すため、戸籍謄本(照会請求する本人と被相続人との繋がりを示すため、それぞれの戸籍関係書類)の提出を求められることがあります。

【負債の調査】 相談事例では、アパート建築時のローン残とサラ金からの借り入れが負債になります。
 ローン残については、おそらく金融機関からの借り入れですから、借入先金融機関に対して、相続開始時(被相続人の死亡時)の残高照会することにより確認できます。サラ金からの借入金は、請求書や督促状で一応はわかりますが、利息制限法上の制限を超える利息の請求があることが考えられます。そこで、まずは、取引履歴の照会をし、それをもとに利息制限法上の利率に引き直し計算をして借金の残額を確定することになります。これをすることで場合によっては過払い金が発生していることもあり、その場合は資産になります。
 遺産の内容によっては調査の方法も異なりますので、もし分からないときは弁護士や税理士等の専門家に相談した方が良いでしょう。
次回は、相続の仕方である単純承認、限定承認、相続放棄についてのお話です。


752号 2015年3月22日

(20)いろいろな相続の仕方@

 今回からは、相続の仕方である単純承認、限定承認及び相続放棄についてです。
 そもそも相続というのは、被相続人の死亡という事実が発生することにより、被相続人の財産に関する権利義務(積極財産である資産と消極財産である負債の両方)を被相続人と一定の身分関係にある人(相続人)が承継することです。相続は、相続人にとっては利益になる場合(資産の方が多い場合)もあれば、逆に不利益になる場合(負債の方が多い場合)もあります。また、被相続人の負債の方が多くても相続した資産の範囲で被相続人の負債を弁済するのであれば相続人には不利益は生じません。そこで、民法は、相続人が被相続人の権利義務をどのように承継するかという相続の仕方として、単純承認、限定承認及び相続放棄という3つの方法を定めています。
 ところで、相続人が相続に当たってどのような方法をとるべきかを決定するには、そもそも相続財産にはどのような財産があるかを調査する必要があり、民法もそのことを認めています(民法第915条第2項)。また、調査のための期間やどのような相続の方法をとるべきかを考える熟慮期間として、相続の開始を知ったときから3ヵ月という期間が設けられていますが、この期間は、必要があれば家庭裁判所へ期間の伸張を申し立てることもできます(家審第9条第1項甲24号)。
 こうして、最終的には相続の仕方を決めることになるわけですが、単純承認というのは、相続人が被相続人の権利義務を無限に承継することです。すなわち、単純承認すると、相続した相続財産と相続人の固有財産は一体となって、被相続人の債務は相続人が全部弁済する義務が生じ、被相続人の債権者は相続人の固有財産に対しても強制執行することができることになるのです。したがって、単純承認は、相続財産のうち資産よりも負債が多い場合は、相続人にとっては不利益になりますので、十分な相続財産調査のうえで慎重にする必要があります。  では、どのような場合に単純承認になるのでしょうか。民法は、単純承認の意思表示をする場合のほかに、次の3つの場合を単純承認したものとみなす、としています(第921条)。

 @保存行為と一定期間の賃貸借(民法第602条の短期賃貸借)を除いて、相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき。

 A相続人が自己のために相続開始があったことを知ったときから3ヵ月以内に限定承認または相続放棄をしなかったとき。

 B相続人が限定承認または相続放棄をした後であっても、相続財産(これには相続債務も含まれます)の全部若しくは一部を隠匿し、秘かにこれを消費し、または悪意でこれを相続財産目録に記載しなかったとき。

 限定承認や相続放棄は、後に述べるように、一定に期間内に家庭裁判所へ限定承認または相続放棄をする旨の申述をしなければなりませんが、単純承認は、家庭裁判所で特に申述の手続をする必要はありません。     
(次回へ続く)


761号 2015年5月31日

(21)いろいろな相続の仕方A

 前回に続いて、相続の仕方のうち限定承認と相続放棄についてのお話です。
 相続というのは、相続人が被相続人の死亡時(相続開始時)に被相続人の財産に属した一切の権利義務を引き継ぐことで、その引き継ぐ一切の権利義務のことを相続財産といいます。相続人は、相続財産の中からプラス財産だけを相続し、マイナス財産(被相続人の負債)を相続しないということはできません。

●限定承認とは?
 相続人は、相続財産の調査(民法915条2項)の結果、相続財産の負債の方が多い場合は相続の放棄をすることによって、被相続人の負債から解放されることになります。しかし、調査してもプラス財産とマイナス財産のどちらが多いかがはっきり分からない場合もあります。このような場合に取られる方法が、相続の限定承認という制度です。すなわち、限定承認は、相続人が相続によって得た財産の限度内で被相続人の負債(債務)を弁済することを条件として相続することを承認することです(民法922条)。
 具体的にいうと、相続人は、被相続人が多額の借金を残していたとしてもその借金を相続人固有の財産で弁済する義務はなく、相続した被相続人のプラス財産があればその財産の限度で弁済すれば足りるということですから、相続人自身に不利益とはなりませんし、仮に相続債務の弁済後に財産が残っていれば相続することもできるのです。

●限定承認の手続は?
 限定承認手続は、自己のために相続の開始があったこと(被相続人の死亡の事実)を知ったときから原則として「3ヵ月以内」に、「被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」に対し、相続財産目録を作成し(民法924条)、相続関係者の戸籍謄本(戸籍事項全部証明書)等の書類を添えて提出し、限定承認の申述をします。申述は、「限定承認の申述書」という書面が家庭裁判所にありますので、これに必要事項を記入して行います。
 「3ヵ月以内」の期間は、相続財産の調査に通常必要と考えられる期間ですが、調査に時間を要することが必要な場合には、家庭裁判所へ期間を伸張することを申請することもできます。この期間(3ヵ月または伸張された期間)を徒過すると、限定承認はできず、単純承認したものとされます(民法921条2号)。
 また、限定承認手続をする前に相続財産を一部でも処分(たとえば売却、贈与、賃貸、消費等)すると、単純承認したものとみなされます(民法921条1号、3号)ので注意が必要です。この場合、そのような行為をした限定承認者は、相続債権者(被相続人の債権者)から、相続財産で弁済を受けることができなかった債権額について、自己の相続分に応じて権利行使を受ける(弁済義務を負う)ことになります(民法937条)。
(次回へ続く)


769号 2015年7月26日

(22)いろいろな相続の仕方B

●限定承認手続きのあとには
 相続の限定承認をすると、相続人の固有の財産と相続した財産は分離されることになります。これは、限定承認をした相続人は相続した財産の範囲で被相続人の債務及び遺贈を弁済する義務を負うので、相続人の固有財産との区別をしておく必要があるからです。そのため、相続債権者(被相続人の債権者)や受遺者は、相続開始の時から3ヵ月以内に、相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所へ請求することができます(民941条)。
 限定承認した相続人は、分離された相続財産について自己の固有財産と同一の注意義務をもって管理しなければなりません。また、限定承認した後5日以内に相続債権者や受遺者に対して限定承認したことや一定期間内に債権や受遺についての請求の申出をするように公告と催告をするなど手続をしなければなりません(民927条)。
 その期間経過の後に、知れたる債権者や受遺者、請求の申出がされた債権者等に対する弁済手続をとることになります(民928〜931条)。また、弁済するのに相続財産を売却する必要がある場合は、換価手続としては競売手続を取ることが原則になっています。
 以上の基本的手続を経て、相続財産の範囲で知れたる債権者等や届出された債権者等に対して弁済するのですが、その方法は、債権額の割合に応じて弁済しなければなりません。ただし、法律上、優先権のある債権者が優先して弁済を受けることは当然です(民929条)。
 債権額に応じて弁済するのですが、債権額の全額弁済に不足を生ずる時は、実際には不足額について債権放棄してもらうこともあります。しかし、債権者の内一人でも債権放棄に応じてもらえない時は、債権者平等の原則からやむを得ず破産開始申立手続を取ることになります。
 以上が限定承認手続を取った場合の手続の概要ですが、この手続はかなり厳格で複雑なところもあるため、専門家である弁護士等に相談した方が無難です。

 次回からは、相続放棄と相続分の放棄、相続分の譲渡についてのお話です。


784号 2015年11月22日

(23)離婚に伴う問題点

 今回からは、離婚に伴ういくつかの問題点を取り上げてみたいと思います。離婚はそれ自体が当事者にとっては人生の大問題ですが、離婚に伴う問題の中でも夫婦間に未成年の子がいる場合は、この未成年の子を巡って夫婦間で確執があって大きな問題が起こり、離婚問題の解決に大きく影響することがあります。
 では、離婚に際して夫婦間に未成年の子がいる場合、どのようなことが問題となるのでしょうか。大きく分けて次のようなことが問題となります。
@親権者を父母のどちらにするか。
A子との面会交流とはどのようなことか。 
B子の養育費は誰が支払うのか。
C子の引き渡しとはどのようなことか。

 そこで、@の親権者の問題から取り上げてみたいと思います。
 「親権」というと何か「権利」のように聞こえますが、「親権」とは、親が未成年の子を健全な社会人にするために看護し、教育しなければならないということを内容とする権利と義務の両方を含むものです。その具体的な内容は、子の身上を監護し、監督し、また教育をして子の精神的発達や人格形成を図るといった身上監護権と、子に財産がある場合には子に代わってこれを管理し、あるいは子の法定代理人として子の財産に関する法律行為をするという財産管理権です。なお、身上監護権は親権の一部を構成していますが、親権と切り離された監護権の制度があります。つまり、通常は親権には身上監護権と財産管理権がありますが、身上監護権のない親権もあるということです。
 ところで、父母が婚姻中のときは父母が共同で親権を行使します(民法818条3項)が、父母が離婚するときは、そのどちらか一方を親権者と定めなければなりません(民法819条)。父母が協議離婚するときはその離婚届出用紙には、親権者をどちらにするかを記入する欄が設けられていますし、調停離婚や裁判離婚の場合も必ず親権者を父母のどちらにするかを決めなければなりません。親権者を父母のどちらにするかが当事者間で協議・合意できれば問題ないのですが、それができないときは、家庭裁判所の離婚調停手続や離婚訴訟手続において決めてもらうことになります。
 では、いったん決まった親権者は、その後の事情が変わった場合でも変更できないのでしょうか。親権は子の利益・福祉のために行使しなければなりませんから、親権者として適切かどうかは、子の利益や福祉の観点から判断されます。そのため、親権者の変更は父母当事者間の合意によってすることはできないとされており、親権者の変更を求めるには、調停または審判の申し立てをしなければなりません。
 次回は、調停や審判においては、どのような観点から親権者としての適正が判断されているか等についてお話しすることにします。

793号 2016年1月31日

(24)離婚に伴う問題点A

 協議離婚、調停離婚、裁判離婚のいずれの方法で離婚するにせよ、離婚する夫婦間に未成年の子がいる場合、必ず、その子の親権者を父母のいずれにするかを決めなければなりません。しかし、実際の離婚の現場では、未成年の子の親権者を父母のどちらにするかで協議が整わないことが多くあり、相互に自分こそが親権者にふさわしい、相手方は親権者としてふさわしくないということで、いろいろと主張したり非難し合ったりすることがしばしばあります。
 親権者として父母のどちらがふさわしいかということは、「未成年の子の利益・福祉」という観点から最終的に決定されます。しかし、その観点に適合するかどうかは、まず、「父母の側で考慮するべき要素」と「未成年の子の側で考慮するべき要素」を総合的に判断し、それらを前提として、さらに、いくつかの客観的判断要件を用いて、最終的に、「未成年の子の利益・福祉」に最も適合すると認められる者(母または父)が親権者とされるのです。
 では、「父母の側で考慮するべき要素」、「未成年の子の側で考慮するべき要素」とは、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか。父母の側の要素としては、父母の年齢、健康状態、性格、子に対する監護養育の状況や愛情の有無・程度、職業・収入の状況、居住や教育等の生活環境が考えられます。また、未成年の子の側の要素としては、子の年齢、性別、心身の発育状況や健康状況、兄弟姉妹の有無、生活状況、家族や親族等との間の交流状況、学校関係、友人関係等が挙げられます。
 実際の家庭裁判所での親権者の指定・変更の手続きにおいては、父母の双方が、それぞれの要素を具体的に主張していくことになります。しかし、このような要素に該当する具体的事実が主張されて認められたからといって、直ちに親権者としてふさわしいということにはならないのです。すなわち、家庭裁判所では、前述のように父母の双方から主張された具体的事実を前提として、更に、親権者としての適格性を判断する際の判断要件を用意しており、これらの判断要件を用いて父母のどちらが親権者としてふさわしいかを判断しているのです。
 親権者としての適格性の判断要件としては、「母性優先」、「継続性」、「子の意思の尊重」、「兄弟姉妹の不分離」、「面会交流の許容」等が挙げられます。
 「母性優先」というのは、特に乳幼児(0歳〜5歳位)の場合、母親との心理的、身体的な繋がりが父親よりも強く、乳幼児の養育上も母親がこれにあたっていることが多いので、これに特に問題がない場合は、親権者も母親とする方が子(乳幼児)の福祉・利益にも適合する、という考え方です。もちろん、母親に問題があるとき、たとえば、児童虐待等が認められるときや母親の健康状況から子の養育看護に堪えられないなどのときは、この考え方は通用しません。 (次回へ続く)


801号 2016年3月27日

(25)離婚に伴う問題点B

 前回は、離婚する夫婦間で未成年の子の親権者が決まらないときの家庭裁判における判断要素の一つとして、乳幼児期における親権者の場合は「母性優先」ということをお話しました。しかし、最近は、子育てにおける父親の役割分担が重要視されるようになってきており、社会の認識も変わってきています。また、実際にも父親が母親に劣らず子育てに熱心に関わっている事例も多くなっています。そのため「母性優先」という原則も、親権者の適格性の判断における重要性は無視できませんが、子育てに関わる父親と子との間の精神的・情緒的な繋がりも重要視されるようになってきています。
 ところで、未成年の子といっても、乳幼児から幼児(0歳〜5、6歳くらい)、児童(小学生くらい)から青少年(中学生〜高校生、大学生)というように、年齢や成長過程によって肉体的にも精神的にも大きな差があり、知的能力や判断能力も大きく異なります。このように未成年の子といってもさまざまな違いがあり、加えて子を取り巻く生活環境や地域の社会環境等もさまざまです。
 前にも述べましたように、親権者の決定は、いくつかの考慮要素を総合的に判断して「未成年の子の利益・福祉」に最も適合するは夫婦のいずれであるか、という観点からされるのですが、未成年の子の成長過程に応じて、子を実際に養育監護している親との強い精神的・情緒的な結びつきから、次第に友人・知人との結びつきへと変わっていきます。
 親権者の決定あるいはその変更は、このような未成年の子と監護者との精神的・情緒的な繋がりや継続性と生活環境の継続性との両面からの観察を経て、いずれの親を親権者とするのが「子の利益・福祉」に最も適合すると認められるか、という判断なのです。もちろん、子の成長により、子自らが自分の気持ち・意思を表明できる段階に達していれば、子の意思が尊重されることは言うまでもありません。
 では、子がどの程度に成長していれば、その意思が尊重されるのでしょうか。また、家庭裁判所は、実際に子の意思をどのようにして把握しているのでしょうか。これについてのお話は、次回にしましょう。


807号 2016年5月22日

 このたびの熊本地震により被害を受けた皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。さて、今回からは予定を変更し、熊本地震に関連する様々な問題について、法律相談という形式でお話を進めて行きたいと思います。

(26)地震に関連する相談@ 隣地との関係

◆相談その1
 今回の地震で、隣地の住宅の屋根瓦が自宅の駐車場に駐車していた自動車(250万円相当)の上に多数落下し、自動車が大破してしまいました。隣の住人に対して損害賠償請求できるでしょうか。

◆回答 
 損害賠償請求することは難しいと考えます。このたびの熊本地震は最大震度7、しかも立て続けに2回ありました。地震の規模からしても予想外のものであり、震度7が1回であっても「不可抗力」と認められる可能性は極めて高いと考えられます。土地の工作物等の占有者や所有者にはその設置・保存に瑕疵(かし)があって他人に損害を与えた場合は、原則としてそれを賠償する責任があります(民法717条)。しかし、今回の地震の場合は誰も予想できなかった天災でありますので、それを予想して屋根瓦の落下防止措置を取るべき義務があったとまでは言えません。その意味で「不可抗力」であり、その責任を問うこともできないと考えられます。
  自動車保険に加入しており、その保険に地震特約が付されていれば保険で賄われる可能性はあります。

◆相談その2
 隣の家のブロック塀が地震で基礎部分から倒壊して私の家の庭に散乱しています。隣人にそのブロック塀の撤去をお願いしたのですが、自分の責任ではないと言って取り合ってくれません。隣人に代わり、とりあえず私が費用を出して撤去することはできますか。その場合、費用の請求を隣人にすることはできますか。

◆回答
 自分の所有する土地上に他人の倒壊したブロック塀が散乱して土地所有権を妨害していますので、本来であれば、土地所有権に基づく妨害排除請求として撤去請求できますし、その費用の請求もできると考えられます。しかし、前述の通り、今回の地震は「不可抗力」と認められることから、隣人にその責任を問うことは難しく、倒壊して散乱しているブロック塀の撤去やその費用の請求をすることも難しいと思われます。ただし、同じ地震でもその程度が震度5程度で外のブロック塀は倒壊していないのにこの場所のブロック塀だけが倒壊した場合や、ブロック塀の設置工事に明らかな手抜きがあった(たとえば鉄筋が入っていなかった)場合などは、責任を問うことは可能です。
 なお、今後も隣人としての付き合いが続くことを考えると、費用の折半ということで話し合いによる円満解決を図った方が良いでしょう。


808号 2016年5月29日

(27)地震に関連する相談A 借家関係

◆相談 
 木造の2階建て一軒家を賃借しています。今回の熊本地震で壁や天井に大きな亀裂が複数入りましたが、建物自体は倒壊の恐れはなく居住するには差し支えがないとの診断を受けています。家主さんへ家の修繕をお願いしたところ、賃貸借契約書に「建物の修繕費用は借主の費用で行う」との特約があるので、賃借人である私の方で修繕して下さいと言って、修繕には応じてくれません。
私の費用で家の修繕をしなければならないのでしょうか。ちなみに、知り合いの業者に修繕費用の見積もりをしてもらったところ、80〜100万円位はかかると言われました。また、仮に、この建物の1階部分が押しつぶされて倒壊しているとしたらどうなるでしょうか。

回答
 建物の賃貸人は、賃借人に賃貸借契約の目的(本件の場合は当該建物を居住用として使用すること)に応じて使用させる義務がありますので、当該建物の修繕が必要なときは、当然その修繕義務を負うことになります(民法606条)。今回の地震によって建物の壁や天井に亀裂が発生したが倒壊の恐れはなく居住することができるということであり、その費用も高くても100万円程度ですから修繕の程度は大規模なものとはいえず、本来であれば、賃貸人が修繕するべき義務があるといえるでしょう。
 しかし、特約で、建物の修繕費用が賃借人の負担とされているとのことですから、この特約の有効性が問題です。一般にこのような特約は、賃借人が通常の生活をしていてその責任ではない事由によって、建物に何らかの修繕を必要とする事態が発生したときに、本来であれば賃貸人が負うべき修繕義務を賃借人が負担するという趣旨と解釈され、有効であるとされています。しかし、賃貸借契約時に、賃貸人も賃借人も、今回の地震のように全く予想できなかった自然災害による建物損傷の場合まで予想して賃借人がその費用を負担することまで了解していたとは考えられません。そうすると、このような特約は、今回の地震の場合にはその効力は及ばないと解されますので、賃借人が自己の費用で修繕する義務はないと考えます。
 もちろん、賃貸人が修繕しないので、賃借人がその特約の有効・無効に関わらず自らの費用で修繕することもできますが、その場合は、特約の有効性をどのように考えるかにより、賃貸人に償還請求(民法608条)や、賃料減額請求(民法611条1項)をすることも考えられます。
 また、この建物の1階部分が倒壊している場合は、賃貸借契約の目的物が当事者の責めに帰すべからざる事由(地震という天災・不可抗力)によって滅失していますので、賃貸借契約は、解除を待つまでもなく、当然に終了すると解されます。したがって、賃貸人は新たに建物を築造して賃借する義務はありませんし、賃借人の将来の賃料支払義務も発生しません。もちろん、倒壊する前の建物について既に未払賃料が発生している場合、これが消滅することはありません。 次回へ続く。


812号 2016年6月26日

(28)地震に関する相談B 借家関係の続き

◆相談
 鉄骨造り2階建ての賃貸アパートの住人です。家主さんから、このアパートは築後既に30年を経過しており、このたびの地震により建物が大きな損傷を受けて危険だから取り壊したいので、近いうちに退去して欲しいと云われています。建物の罹災証明書発行のための被害の調査では「半壊」と判定されていますが、アパートの敷地には大きな亀裂や段差を生じています。
 このアパートには私を含めて6世帯が居住していましたが、私以外の5世帯は、家主さんから立退料をもらって退去したそうです。私は、このアパートから退去しても転居先として住む場所がないので、退去したくはありません。アパートから退去しなければなりませんか。

◆回答
@ まず、地震によるアパート建物の損傷の程度ですが、被害調査の結果が「半壊」であったとしても、その敷地が亀裂や段差を生じている状況次第によっては、当該建物は「大規模半壊」、「全壊」と判断される可能性があります。また、建物や敷地の客観的な損傷の程度が「大規模半壊」または「全壊」に至らないとしても、その損傷を修繕・修復する場合の費用が多額を要し、新たに建物を再築した場合と費用的には殆ど同じかそれ以上の費用が掛かる場合は、経済的な観点から当該建物は建物としての効用を喪失しているとして「全壊」と評価される可能性があります。本件の場合は、建物の損壊の程度により、以下のように判断されるでしょう。

A 当該アパートの建物が「一部損壊」や「半壊」の外、「大規模半壊」ではあるが、多額の費用を掛けずに修繕が可能の場合、家主(賃貸人)には修繕義務があり、賃借人はその修繕を拒否できません(民法606条)から、賃借人は修繕するのに立ち退きが必要なときは、一定期間の立退きを拒否できません。なお、立退期間中の賃料は、建物の使用収益ができないから支払う必要はないでしょう。立ち退きをせずに修繕ができる場合で、その修繕のために建物の一部を使用できなかったときは、賃料の一部減額を請求することも可能です(民法第611条1項)。

B 上記Aの場合において、賃貸人が、建物や敷地の修繕義務を果たさずに、賃貸借契約を解除(解約)して賃借人を建物からの退去させることができるでしょうか。当事者間の合意によって賃貸借契約を解約することは別として、賃貸人が一方的に解約することは認められません。賃貸人が契約の解約又は期間満了後の契約更新の拒絶をするには、賃貸人や賃借人が建物を必要とする事情、賃貸借契約の経過、建物の利用状況のほか、賃貸人が建物の明渡し条件としてまたは明渡しと引替えに賃借人に提供する立退料等を総合的に判断して、解約に正当事由が必要です(借地・借家法28条)。本件でも、正当事由の有無により解約が認められるかどうかと共に退去するべきかどうかが決まります。

C 最後に、建物が「全壊」、又は「大規模損壊」・「半壊」であるが修繕に要する費用の多寡という経済的観点を加味して「全壊」と評価される場合は、賃貸借契約の目的物が「滅失」していると考えられます。この場合は、当該賃貸借契約は当然に終了すると解されますので、賃借人は、アパートから退去しなければなりませんし、立退料の請求もできません。


816号 2016年7月24日

(29)自然災害による被災者の債務整理

◆相談
 自宅のローンやその他の借入があり、地震の前は返済に特に問題はなく返済できていました。今回の地震により勤務先が大きな被害を受けたために収入が大幅に下がり、これまでのようにローン等の返済を続けていくことが難しくなりました。取引銀行に相談したところ、このような場合、「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」というものがあるので、これを利用したらどうかとアドバイスを受けました。このガイドラインというのは、どのようなものでしょうか。

回答
 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」(以下、本ガイドラインと言う)は、災害救助法の適用を受けた自然災害の影響を受けたことにより、住宅ローンや住宅のリフォームローン、事業性ローン等の債務の返済ができなくなった個人の債務者について、一定の要件の下に、債権者(主として金融機関)との合意に基づいて、債務の全部又は一部を減免する等により債務の整理をし、その債務者の自助努力による生活再建や事業再建を支援するためのガイドライン(準則)のことです。本ガイドラインは、債務の返済ができなくなった債務者は、本来であれば、自己破産や民事再生手続等の法的債務整理手続を取らざるを得ませんが、これとは異なり、自然災害による被災者の生活支援や個人の事業再建を支援するために特別に考慮された一種の私的債務整理手続です。
 本ガイドラインによる債務整理手続を取った場合の利点は、次の4点です。

@法的債務整理手続の場合においては、個人の債務者は信用情報登録機関に一定期間登録される(いわゆるブラックリストへ掲載される)ことがありますが、本ガイドラインによる債務整理手続が取られた場合は、それができないようになっています。

Aまた、一定の金額を債務の返済に回すのではなく、債務者の手許に残すことが認められています。現金・預金は最大で500万円、家財地震保険金は最大で250万円まで残せますし、被災者生活再建資金や災害弔慰金・災害障害見舞金や義援金なども、手許に残すことができます。
B通常であれば債務について保証人がいる場合が多く、債務者が返済できなくなるとその保証人が保証債務の履行として返済の義務を負うことになりますが、本ガイドラインによる場合には、原則として、保証人への請求ができなくなります。

C更に、本ガイドラインによる債務整理手続を取る場合、登録支援専門家(弁護士、公認会計士、税理士、不動産鑑定士等)による無料の支援を受けられます。

 このように本ガイドラインによる債務整理手続は、自然災害により被災した債務者の生活再建、事業再建を支援するための特別の債務整理手続ですが、これを利用できる債務者についてはいろいろと要件がありますし、また手続の流れもわかりにくいところがありますので、次回にお話します。


820号 2016年8月28日

(30)自然災害による被災者の
        債務整理に関するガイドライン

 今回は「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(以下、本ガイドラインといいます)」についてのお話です。今回は、本ガイドラインに基づく債務整理を申し出ることができる債務者について説明します。
 本ガイドラインに基づいて債務整理を申し出ることができる債務者とは、個人の債務者であって、以下の要件にすべて該当しなければなりません。
 なお、以下の各要件については、更に詳しく説明する必要がありますが、紙数の関係で、詳しい説明は次回以降に説明することにします。

@住居、勤務先等の生活基盤や事業所、事業設備、取引先等の事業基盤が今回の熊本地震の被害を受けたことにより、現在負担している住宅ローンや住宅リフォームローン、事業性ローンその他の債務を弁済することができなくなっていること、または近い将来においてその債務の弁済をできなくなることが確実であると見込まれること。

A弁済について誠実であり、その財産状況(資産と負債)を債権者に対して適正に開示していること。

B熊本地震が発生する前において、現在負担している債務について、期限の利益を喪失させる事由に該当する行為がなかったこと。ただし、その行為についてその債権者の同意がある場合は除く。

C本ガイドラインに基づく債務整理を行った場合、債権者の立場から見て、破産手続や民事再生手続と同額以上の回収見込みがあり、経済的な合理性が期待できること。

D債務者が事業の再建・継続を図ろうとする事業者の場合は、その事業に事業価値があり、債権者の支援を得られることで事業再建の可能性があること。

E債務者が反社会的勢力(暴力団関係者等)ではなく、その恐れもないこと。

F破産法第252条第1項(第10号を除く)に規定する免責不許可事由がないこと。

 以上の要件との関係で、若干の補足説明をしておきます。
 まず、本ガイドラインは、「熊本地震の被害を受けたことにより」、それまでに弁済できていた債務の弁済ができなくなった、または近い将来においてその債務の返済ができなくなることが確実という要件がありますので、原則として、「熊本地震の被害を受けたこと」を資料によって証明する必要があります。
 その資料としては、家屋や事業所・事業設備等が損壊又は流失した場合は、り災証明書、被災証明書がありますが、これらの証明書を提出できないときは、陳述書という書面で事情を説明することもできます。勤務先等が被災して収入や売上が減少した場合は、勤務先のり災証明書、被災証明書、過去の給与明細書等です。次に、熊本地震の後に新たに負担することになった債務については、本ガイドラインに基づく債務整理の対象にはなりません。
 次回も引き続いて、本ガイドラインの説明をする予定です。

 
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