緑ヶ丘区  弁護士 衛藤二男 A


827号 2016年10月23日

(31)自然災害による被災者の
債務整理に関するガイドラインA

 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」(以下、本ガイドライン)に基づいて債務整理を申し出ることができる債務者の要件については、前回に簡単に説明しましたので、今回は少し詳細に説明しましょう。

@ まず、要件の1つである「住居や勤務先等の生活基盤や事業所、事業設備、取引先等が熊本地震の被害を受けたことにより、現在負担している住宅ローンや住宅リフォームローン、事業性ローンその他の債務を弁済できなくなっていること、又は近い将来その債務の弁済をできなくなることが確実に見込まれる」ということです。
 これは、熊本地震で被害を受けた結果、債務の返済ができなくなった又は近い将来困難になることが確実であるという、因果関係が必要であるということです。したがって、熊本地震よりも前から既に債務の返済が困難になっていた等の事情がある場合は、本ガイドラインは使えません。
 債務の返済ができない又は近い将来その返済が困難になることが確実かどうかは、債務者の財産や収入、信用等の資産、債務総額、返済期間や利率等の返済条件、家計の状況等を総合的に判断して決められます。債務者の資産には、地震による被災者へ給付される被災者生活再建支援金、災害弔慰金や災害見舞金、義援金等も含まれますが、熊本地震の場合は、これらの支援金や義援金は、債務の返済に充てられるものではないとして、債務者の返済能力を判断する際の資産としては考慮しなくてもよいことになっています。

A 次の要件は「弁済について誠実であり、負債を含む財産の状況を債権者へ適正に開示している」ということです。これは、債務整理の申し出をして、本ガイドラインに適合する債務整理案(調停条項案)を作成するについて、債権者へ提出する債務整理申出書や財産目録・債権者一覧表の記載に虚偽の記載がされておらず、提出可能な添付資料も誠実に提出されていることを意味します。

B 次に「熊本地震が発生する前に、現在負担している債務について、期限の利益を喪失させる事由がなかった」という要件です。「期限の利益」というのは、債務の返済条件として、債務の総額を一括返済するのではなく、毎月一定の期日までに多数回に分割して返済することによる債務者の受ける利益のことです。通常は2〜3回、毎月の期限までの返済を怠ると当然に分割返済ができなくなり、残債務の一括返済と遅延損害金の支払いをしなければならなくなります。このことを「期限の利益を喪失する」といいます。
 その他に4つほどの要件がありますが、これらは債務者を無償で支援してくれる登録支援専門家(弁護士)が専門的な観点から判断しますので、省略します。

 次回は、本ガイドラインに基づく債務整理の申し出手続きのお話です。


832号 2016年11月27日

(32)自然災害による被災者の
債務整理に関するガイドラインB

 最終回は、まとめとして、この債務整理の申し出から終了までの手続きの概要をお話します。

◆1 債権者への手続き着手の申し込みと同意
@まず、熊本地震による被災者(債務者)は、住宅ローンを組んだ金融機関(債務の元本総額が最大の債権者で、主たる債権者といいます)に対して、本ガイドラインに基づく債務整理手続きに着手する旨を書面で申し出ます。
Aこの債務者からの申し出に対し、主たる金融機関は申し出を受けてから10営業日以内に、その申し出に同意するかどうかを書面で回答します。

◆2 登録支援専門家の選任依頼とその委嘱
@次に、メインの金融機関から債務整理の申し出について同意を得た債務者は、関係機関(弁護士会、公認会計士会、税理士会、不動産鑑定士協会等)を通じて、全国銀行協会(全銀協)に対し、関係機関に登録された登録支援専門家を委嘱することを依頼します。
A全銀協から推薦依頼を受けた関係機関は、登録支援専門家を全銀協へ推薦し、その推薦に基づいて全銀協は登録支援専門家の委嘱をします。ほとんどの場合、初めに弁護士が登録支援専門家として委嘱され、必要に応じて不動産鑑定士等が委嘱されているようです。

◆3 債権者への債務整理の申し出
@登録支援専門家が決まると、債務者は登録支援専門家の援助を受けながら、メインの債権者(金融機関)のみならず、原則として全ての債権者に対して、書面により債務整理の申し出をします。
Aその申し出の際には、財産目録、債権者一覧表、陳述書(事情説明書)その他必要書類を揃えて、これを債権者へ提出します。
B注意しなければならないのは、この債務整理の申し出があった時点から債務整理の終了するまでの期間(これを一時停止期間といいます)は、債務者は一定の場合を除いて資産の処分等や新たな借入ができなくなるし、債権者も弁済を受けたりすることができなくなります。これに違反すると、本ガイドラインに基づく債務整理手続きの利用を拒否されます。

◆4 調停条項案の作成・提出と債権者の同意
@債務整理の申し出の後、一定期間内に、債権者に対して、債務の弁済に関する調停条項案を作成して提出しなければなりません。
Aこの調停条項案には、いくつかの要件がありますので、登録支援専門家の助言等を受けながら作成します。
B調停条項案の作成に際して、債権者との事前の協議をすることもあります。
C調停条項案について、全ての債権者の同意が得られたら次の段階へと進みますが、その同意が得られないかまたは得られる見込みがないときは、債務整理手続きは不成立となって終了します。

◆5 特定調停の申し立てへ
@調停条項案について債権者の同意を得た場合(同意の見込みを得た場合も含む)、債務者は、簡易裁判所へ特定調停の申し立てをします。
A特定調停手続きにおいて調停条項案が調停調書へ記載されて同手続きは終了し、これと同時に、本ガイドラインに基づく債務整理手続も終了します。
Bその後は、債務者は、調停条項に従って返済していくことになります。

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836号 2016年12月25日

(33)震災ADR

 今年の最後の「知って得する法律相談」は、熊本県弁護士会が実施している「震災ADR」という紛争解決方法を紹介します。
 ADRというのは、裁判所の訴訟手続等によらない紛争の解決手続きで、熊本県弁護士会が実施している「震災ADR」は、熊本地震の震災に関連する紛争について、熊本県弁護士会所属の弁護士が、中立的立場で「和解のあっせん人」となって紛争当事者の言い分を聴取し、解決のための「あっせん案」を提示して紛争を解決する手続きです。
 熊本地震の発生後は、建物損壊に伴う賃貸借関係のトラブル、被災したマンション等の修繕、解体等を巡るトラブル、ブロック塀の倒壊や屋根瓦の落下等に関連するトラブル等、いわゆる相隣関係(お隣同士)の紛争が非常に多く発生しました。そこで、熊本県弁護士会では、安い費用で早期の紛争解決を図る方法として「震災ADR」を実施することにしました。

1.「震災ADR」申し立て前の準備
@申し立てを希望する人は、熊本県弁護士会所属の弁護士の法律相談を受け、その相談担当弁護士から「震災ADR」申し立ての紹介を受けることが必要です。
 法律相談センター 096−325−0009相談料は無料です。 
Aただし「震災ADR」案内のチラシの裏面の申込用紙に必要事項を記入し、熊本県弁護士会紛争解決センター(以下、紛争解決センターといいます)宛てに郵送又は FAX 096−325−0914で申し込むこともできます。この場合は、申立サポート弁護士から内容確認の電話等をさせていただきます。

2.申し立て手続き
@上記1−@の場合は、弁護士による法律相談を受けられた人は、紛争解決センター宛てに、相談担当弁護士の「紹介状」を添付した「和解のあっせん申立書」を提出して申し立てをします。
A上記1−Aの場合は、「震災ADR」案内チラシ裏面の申込用紙に必要事項を記入後、紛争解決センターへ郵送又はFAXで送付し、申立サポート弁護士の電話等による内容確認を経て申し立てをします。

3.申し立ての受け付け
@あっせん期日の指定 申し立て手続きの後、あっせん人(弁護士)、申立人及び相手方の日程を調整して、第1回のあっせん期日が指定されます。
Aこの期日の指定の際に、相手方には話し合いに応じるように要請します。もし、相手方が話し合いによる解決に応じる見込みがないときは、手続きを進めることができませんので手続きは終了します。

4.あっせん期日
@あっせん人は、あっせん期日において当事者双方から、原則として別々に言い分を聴取し、合意ができるようにあっせんを行います。あっせん期日の回数は原則3回以内です。
A相手方が期日に出席して話し合いを重ねたが合意することができなかった場合は、あっせんは不成立となります。

5.和解の成立
@合意が成立したときは、あっせん人が「和解契約書」を作成し、当事者双方がその内容を確認して手続きが終了します。
Aその後、和解成立手数料として一定額を申立人と相手方が費用を折半して負担していただきます。

6.費用等の詳しいお問い合わせ
 紛争解決センター 096−325−0913


840号 2017年1月29日

(34)家族信託@

 今年の第1回目は「家族信託」という制度についてです。相続や遺言ということについては多くの方がご存知だと思いますが、「信託」「家族信託」という制度は、最近取り上げられて関心が持たれるようになりました。今回からできるだけ分かりやすくお話したいと思います。

◆そもそも「信託」とは何ぞや?
 「信託」とは、ある人(委託者)が、契約や遺言により、自分の有する土地や金銭等の財産(信託財産)を自分の信頼できる人(受託者)に移転し、委託者の定めた信託の目的に従って信託の利益を受ける人(受益者)のために、受託者が信託財産を管理・処分等をするという制度です。

◆分かりやすい事例
 Aさんは現在75歳。72歳の認知症の妻Bとの間には長女C(45歳)と長男D(42歳)がいる。Aさんには、収益不動産(賃貸マンション、年間賃料収入約500万円)がある。しかし、長男Dは無職・無収入で浪費癖があり、両親や姉に金の無心をすることがしばしばある。
 Aさんは、認知症の妻Bの生活や、DがAさんの財産を相続してもすぐに浪費してしまうのではないか、また、自分の死後の相続でもトラブルを起こすのではないかと心配している。

 Aさんの不安を解消する方法には何があるか。この事例を前提として、Aさんの取りうる方法について、遺言をした場合と信託を利用した場合で考えてみましょう。


●Aさんが遺言をする場合
 Aさんは現在、認知症にもなっておらず、財産関係についても判断能力が十分あるので、自分の財産のことを慮(おもんぱか)って遺言することが考えられます。
 遺言の方法にはいくつかありますが、最も確実な方法は公正証書による遺言をすることでです。公正証書遺言のやり方については別の機会に説明しますが、事例との関係でどのような内容の遺言にするかを次回から考えてみましょう。

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844号 2017年2月26日

(35)家族信託A

 今回は、前回の事例を図示しましたので、それを参考に説明します。まず、事例において考えられるAさんの遺言について考えてみましょう。

 遺言する場合に重要で大きなポイントは2つです。まず、遺言者がご自身の財産(将来の遺産で、遺言の対象となる財産)を正確に把握しておくことです。次にその財産をどの相続人に、どのように相続させるかということ、すなわち、遺産の分け方の問題です。なお、遺言をしていなければ、民法が定める法定相続分に従うことになります。

 まず、Aさんの妻が認知症ということですから、自分の亡きあとの妻Bさんの生活のことが一番の心配事ではないでしょうか。そこで、自己の財産のうち、妻Bさんの生活費や施設費(将来、施設に入所することが予想される)のために、定期的な収入である賃貸マンションの賃料収入をBさんに相続させることが考えられます。なお、Bさんは認知症で自己の財産管理能力に問題がありますので、別途、成年後見制度の活用を考慮する必要があるでしょう。特に長男Dさんからの金の無心のおそれがありますので、そのことからもBさんには成年後見人が必要と思われます。ただ、遺言により成年後見開始の申し立てはできませんので、これをAさんがするとすれば、Aさんの生前にすることになるでしょう。

 次に無職・無収入で浪費家の長男Dさんについてですが、遺留分がありますから、相続開始後において、遺留分による紛争が起こらないようにしたいものです。そこで、遺言でDさんの遺留分を考慮し、その分をDさんへの相続分として遺言しておくと良いでしょう。なお、Dさんが被相続人に対して生前に暴力をしていた等の事情がある場合など、一定の場合には家庭裁判所へ相続人廃除の申し立ても考えられますが、これは容易に家庭裁判所で認められません。またDさんの浪費癖からすると、相続で取得した遺産は浪費によってすぐになくなってしまうことが予想されますが、Dさんの財産管理能力に問題がない以上、浪費による財産の散逸は防止できません。
 以上に加えて、遺言はあくまでも相続開始後に効力が発生するものですから、相続開始前のAさんの心配事の解決には役立ちません。

 では家族信託という制度を使うとどうなるでしょう。次回に続きます。


852号 2017年4月23日

(36)家族信託B

 前回に引き続いて家族信託のお話です。まず、前回の事例を家族信託の図で示すと下記のとおりです。

 Aさんの心配事の第一は、認知症の妻Bさんの生活の安定です。Bさんが施設に入所した場合の安定的な費用の工面をAさんの生存中のみならず、Aさんが死亡した後でも保証してあげることです。心配事の第二は、長男Dさんの浪費癖(これは容易には治らないでしょう)から、Aさんの財産をいかにして守るか、ということです。
 Aさんのこのような心配事を解決するために、利用することが考えられる方法が家族信託という制度です。
 まず、Aさん(委託者)は、受託者である長女Cさんと信託契約を結び、自己の財産(自宅・賃貸マンション・預金)を受託者である長女Cさんへ「信託の目的」で所有権を移転します。このように信託の目的で受託者へ移転された財産を「信託財産」といいます。家族信託での「信託の目的」とは、受託者が信託契約でなすべき目的のことであり、具体的には「信託財産を管理または運用し、もしくは処分して、その利益を受益者に定期的に給付し、受益者の安定した生活および福祉を確保すること」ということになります。
 受託者となった長女Cさんは、自分の所有している固有の財産とは区別して、「信託の目的」に従って、信託財産を管理・運用または処分し、そこから生まれてくる利益を受益者へ給付しなければなりません。
 受益者とは、信託契約によって信託の利益を受けるものとして指定されたものです。委託者自身も受益者になることができます(これを自益信託といいます)ので、事例の場合は、Aさん本人も受益者を兼ねることができます。
 事例では、Aさんの心配事の第一は妻のBさんの生活の安定ですからBさんを受益者とすることがまず考えられます。ただ、Aさんが生存中は、Aさんの生活の安定もありますので、信託財産からの利益をAさんも受け取れるように受益者とすることになります。
 受託者(事例では長女のCさん)も受益者になることができますし、長男Dさんも受益者に加えることもできますが、Aさんの生存中は、自分と妻の生活のことを第一に考えて、当初の受益者とし、万一Aさんが死亡した時は、さらに二次的に受益者としてBさんや2人の子(Cさん、Dさん)を指定すればいいでしょう。
 次回も家族信託という制度のお話を続けてお話します。

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860号 2017年6月25日

(37)家族信託C

 これまでの事例のお話では、Aさんの心配事は、長男のDさん(42歳)が無職・無収入で浪費癖があり、両親や姉のCさんに金銭の無心をすることがしばしばある。そのため、父Aさんを長男Dさんが相続すると、その相続財産をすぐに浪費してしまうのではないか、ということでした。(下図参照)

 そこで、Aさんは、Dさんには相続させないような遺言をすることも考えられますがDさんには遺留分があります。また、かつては「準禁治産宣告」の原因とされていた「浪費」は、成年後見制度である補助、保佐、成年後見の開始原因でもありませんので、これらの利用もできません。

●家族信託を利用すると
 委託者兼当初受益者としてAさん、受託者に長女のCさん、当初受益者のAさんの死後は、二次受益者として妻のBさん、三次受益者としてCさんとDさんを指定します。この場合、CさんとDさんは均等の割合で受益権を取得するとしておきます。そして、Dさんには毎月の生活に必要な一定の金額のみを受託者Cさんから給付する、という規定を定めておくと良いでしょう。
 こうすることにより、Dさんは遺産を取得する権利は得られますが、相続と違って、毎月一定額の金銭を受け取ることができるに過ぎないので、少なくとも、Dさんの浪費にはブレーキがかかります。相続の場合は、遺産分割協議等によってDさんが相続する遺産が決まるとその相続分に相当する遺産は、そのままDさんが取得しますので、すべてがDさんの浪費の対象になってしまいます。
 また、遺産から一定の金銭を受領できるのは、相続ではなく、信託契約に基づくものですから、受託者が信託契約に基づいて給付をすること自体も法的な根拠があることになります。
 このように、信託という制度は、生前の契約により、遺言や遺産分割協議、法定相続等の相続制度とは異なる財産の管理・処分ができる制度といっても過言ではありません。
 次回は、「遺言代用信託」と「受益者連続型信託」という2つの信託制度について説明しましょう。


868号 2017年8月27日

(38)負担付遺贈@

 今回は、まず、以下の様な事例を設定してみます。この事例を前提として、現在の民法上の制度である「負担付遺贈」(民法1002条1項)の問題点を考え、その解決策を信託制度で見てみましょう。
◆事例 
 「Aさん(75歳)には認知症の妻のBさん(74歳)と長男C(45歳)、長女D(43歳)、次女E(40歳)の3人の子がいる。Aさんには、不動産(自宅の敷地・建物)と金融資産1000万円がある。
 Aさんは、自分の死後の妻Bさんの老後の生活が心配になり、遺言により、長男Cには、遺産となる財産の中から他の2人よりも多額の財産を相続させる代わりに、妻BさんをAさんの自宅に引き続き住まわせ、生涯Bさんの生活支援を行うことを義務づけて遺言をしていた(負担付遺贈)。
 ところが、長男Cは、Aさんの死後、初めの頃は母Bさんの面倒は見ていたが、そのうち生活の支援を停止し、更には、長女DにBさんを引き取らせてしまい、Aさんがした負担付遺贈で定めていたBさんの生活支援等をしなくなった」
 このように、負担付遺贈の受遺者(遺贈を受ける人)がその負担の義務を履行しなくなった場合、他の相続人はどのような手段をとることができるでしょうか。

◆回答
 負担付遺贈の受遺者がその義務の履行を怠った場合、まず、他の相続人は、当該受遺者に対して相当の期間を定めて義務を履行するように催告をし、それでも義務を履行しない場合は、その負担付遺贈をした遺言の取消しを家庭裁判所へ請求することができます(民法1027条)。
・負担付遺贈の取消請求の問題点
 まず第一に、民法1027条の規定に従うこと自体、時間がかかります。そのことを一応置くとしても、遺言の取り消し請求を受理した家庭裁判所は受遺者から事情を聞きます。その際、受遺者は、「遺言で定められた義務をそれなりに果たした」とか、「母のBが妹(長女)Dのところへ行ったのはBが自分との同居を拒否し、自らの意思で出て行ったからであり、義務違反はしていない」ということを主張することは目に見えています。そのため、受遺者が義務を履行していないことを家庭裁判所に認めてもらうことに困難を伴います。
 もちろん負担付遺贈の遺言は遺言者であるAさんが死亡しているので、遺言者Aさんがこれを取り消すことはできません。このように、負担付遺贈は、負担の義務を負っている受遺者がその義務を履行しなかった場合の手当てが十分ではないことが一つの問題点とされています。

◆その問題点を解消する方法
 前記の負担付遺贈の問題点を解消する方法が、信託制度です。すなわち、信託制度は、受遺者の恣意的な主張や自分勝手な行動を規制し、遺言の目的の達成まで受託者(負担付遺贈の受遺者の立場に立つ人)を信託という制度で拘束し、受益者(事例での妻Bさん)の利益を保護するという制度です。


876号 2017年10月22日

(39)負担付遺贈A

 前回は、Aさんが遺言により、認知症の妻Bさんの老後の生活を心配して、長男Cへ一定の財産を相続させる代わりに、Aさん亡き後の妻Bさんの生活支援を行うことを義務づける遺言(負担付遺贈)をした場合の問題点、すなわち、負担義務を負っている相続人(長男C)がその義務を履行しなかった場合の手当が不十分であるというお話しをしました。では、信託制度(信託契約)を利用した場合はどうでしょうか。
 信託契約とは、前回の事例でいうと、委託者(Aさん)が、Aさん自身や妻Bさんの老後の生活が安心してできるようにするために(信託の目的)、委託者の財産を受託者(長男C)へ移転し、受託者は信託の目的に従ってその財産を管理・処分するということを合意する契約です。事例では、Aさんの亡き後の妻Bさんの老後の生活の安定を目的としていましたが、Aさんが自分の財産管理や生活の安定にも不安を覚えている場合は、それも信託の目的にすることができます。
 委託者Aさんと長男である受託者Cとの間でこのような信託契約が締結されると、信託法により、受託者である長男Cにはさまざまな義務や責任が生じます。すなわち、受託者Cは、信託の目的に従って財産を管理・処分する責任を負っており、信託事務を遂行する上で様々な義務(例えば、受益者のために忠実に信託事務を処理しなければならない;信託法30条)が課されています。もし、これらの義務に反して信託財産に損害が生じたり受託者が不正行為をした場合、信託法は例えば、受託者の任務違背行為については受益者に差し止め請求権(信託法44条)や受託者を解任することも規定しています(信託法58条)。また、受託者が忠実義務に反する行為をして信託財産に損失を生じさせた場合は、受託者にはその損失を補填する責任も生じます(信託法40条3項・4項)。 
さらに、受益者(本件では認知症のBさん、場合によってはAさんも)を保護するものとして、信託監督人や受益者代理人という制度もあります。
 信託監督人は受益者(AさんもしくはBさん)が、受託者である長男Cを自ら十分に監督できないような事情がある場合に、受託者Cを監視・監督する第三者を信託監督人として自ら選任し、または家庭裁判所に選任の申し立てをする方法により選任します。受益者代理人は、受益者が適切に意思表示ができない場合や受益者が自ら権利行使することが困難な特別の事情がある場合に、受益者の保護と共に信託事務の円滑な処理を図るという観点から、受益者本人の代理人となって、信託に関する受益者の権利を行使する者です。
 このように信託法は、受益者の利益を保護するために多くの規定を設けており、本件のような家族信託において、今後は信託制度の利用が期待されているところです。


893号 2018年2月25日

(40)賃貸借契約@

  このたび、民法が大幅に改正され、改正民法が平成29年6月2日に交付されました。この改正民法は、一部を除いて、公布の日から起算して3年を超えない範囲内で政令で定められる日から施行されます。今回の知って得する法律相談は、この改正された民法の中から賃貸借契約に関して、取り上げてみたいと思います。

●簡単な事例
  Aさんは、Bさんから建物を賃借して家族らと居住していますが、仕事の関係で別のところへ引っ越すことになり、建物を明け渡すことになりました。ところが、家主のBさんから、建物の居間のフローリングの床や壁紙の張替えが必要になったのでその工事代金を請求します、と言われています。Aさんは、Bさんの請求に応じなければなりませんか?

●解説
 賃貸借契約において、契約が終了すれば借主は賃借物を賃貸人へ返還しなければなりません(民法601条)が、どのような状態で返せば良いのでしょうか。
 まず、原則です。改正民法621条は、賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合は、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に回復する義務を負うと定めています。
 次に例外その1です。同条は、その損傷が通常の使用及び収益によって生じた損耗や賃借物の経年変化による場合は除くとしていますので、その原状回復義務を負わなくても良いことになります。例外その2です。同条但書は、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由による場合はこの限りではないと規定していますので、この場合も原状回復義務を負わないことになります。
 以上の民法の規定に対して、たとえば、賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約で、フローリングの床や壁紙の通常の損耗や経年劣化についても借主がその損傷について原状回復義務を負うとか、その費用を負担する旨を合意していた場合は、どうなるでしょうか。このような場合は、借主がその合意に基づいて原状回復義務を負うことになります。
 しかし、問題は、このような合意をしておけば、すべて、借主に原状回復義務を負わせて良いかということです。この点について、最高裁判所は、賃借人に予期しない特別の負担をさせないように、「少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に明記されているか、仮に賃貸借契約書で明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その特約が明確に合意されていることが必要である」と判示しています。
 賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務を巡るトラブルは多発していますが、国土交通省もガイドラインを作成していますので、それも参考になります。


902号 2018年4月29日

(41)賃貸借契約A

◆相談内容
 私はAさんに対し、「使用目的を店舗(弁当屋)、賃料を月額20万円、契約期間を5年間、店舗改装費用はAさんの負担、契約終了時は原状回復すること」を条件として、建物を賃貸し、その際、保証金として250万円を預かりました。
 その後1年くらいすると、Aさんからの賃料支払いが度々滞るようになり、その額が5カ月分滞ってしまい、Aさんとの連絡も取れなくなりました。建物内にはAさんが造作した設備や什器備品がそのままで放置されたままです。
 このような場合、私はどのように対応したら良いのでしょうか。

◆回答
 まず、結論から述べると、あなたは、本件建物の賃貸借契約を賃料不払いという債務不履行を理由として契約解除し、建物の明渡請求と未払賃料の支払いを求める訴訟を起こし、その勝訴判決に基づいて建物明渡と未払賃料支払いの強制執行をすることになります。注意しなければならないのは、このような法的手続きを取らないで、貸主側が無断で建物内に入って借主の造作や什器備品を持ち出したり壊したりしてはいけない、ということです。たとえ建物を所有しているからと言って、第三者へ適法に賃貸している以上、当該建物の中に無断で入ったり賃借人の所有物を持ち出すのは、犯罪行為になる恐れがあります。自力救済は原則として禁止されていますので、十分注意が必要です。
 ご相談では、借主のAさんと連絡が取れないので、契約解除の通知文書の宛先や訴状の送達先をどうするかということ問題となりますが、公示送達という方法もありますので、その点は大丈夫でしょう。
 次に、保証金250万円を預かっていますので、これから回収することもできます。この度改正された民法第622条の2第1項では、名目のいかんを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務、要するに賃借人の賃貸借契約上の一切の債務を担保するために、賃借人が賃貸人へ交付する金銭を敷金と定義しています。本件でも「保証金」という名目で250万円をAさんから預かっていますが、これはまさに民法が定義する敷金に該当します。
 敷金で担保される賃借人の賃貸借契約上の一切の債務ですから、未払賃料債務はもちろんのこと、賃借人の原状回復義務から生ずる金銭支払債務が担保されることになります。
 民法第622条の2第2項では、賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の返済に充当することができるとしていますので、賃貸人において、預かっている保証金を未払賃料や原状回復費用に充当することができます。他方、賃借人の方から賃貸人に対して、敷金を未払賃料等の債務へ充当してくれと要求することはできません。
 また、賃借人が賃貸人に敷金の返還を請求できるのは、原則として、賃貸借契約が終了して建物の明け渡しをした後、賃借人の債務の清算が終了してからになります。

 
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